2016年5月16日 (月)

「鹿の王」(上橋菜穂子)読了~

話題の「鹿の王」読み終わりました。

評判通りめちゃめちゃ面白かったです。
児童文学の体裁と尺で、この内容を書ききっているところがすごい。
ジャンルとして、純粋な異世界ファンタジーものかと思って読んだら、
医療ミステリー+歴史もの(異世界)なので、SFに近いかもしれない。
でもすこし、消化不良な部分だけをあげてみます。
この物語の、「生と死の境目はどこにあるのか」というテーマの部分、
言いたいことはわかるけど表現できない部分があって、読んでいてもどかしい。
読みながら、テーマが同じだなあ、とゲド戦記の3作目を思い出しました。
ゲド戦記のほうもそういう消化不良感があり、書ききれていない、もやもや感が残ります。
でもこれは、現実にも解明できていない事柄だけに、そうなるのかもしれません。
あと、物語としては、ユナがヴァンを救う(であろう)過程まで書いてエンディングだろ?とは思いますが。そこまで書くのは野暮?というものでしょうか。
とはいえ、黒狼熱の病原菌?ウイルス?が主人公たちに見せる、生命の光の帯の先に何があるのか。
まあ、わかりやすい答えは出ていない、ということでしょう。(もしくは続編へ?)
とはいえ、たぶん今後も名作となるだろう小説です。

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2009年7月15日 (水)

「ミレニアム」2部まで読了

第一部、けっこうミステリの王道だった。

第二部、どっちかつうとサスペンスアクション。

高村薫ぽいかと思ったら、結局バナナフィッシュぽい~という印象。

というわけでかなり(いや相当に)面白いです。

あと、日本における”いわゆる北欧”のイメージががらがら崩れてこれも面白い!

特にストックホルムの街の描写とかいっぱい出てきて

好きな人にはたまらんですね。

映画も見てみたいが、はたして日本に来るのかは?

(ヒロインのイメージとして近いのは、「ニキータ」のアンヌ・パリローかなあ・・・)

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2009年6月30日 (火)

「ミレニアム」読書中

NHKの番組で紹介されていて、しかも前々から気になってたのだが、ある時、暇つぶしの必要が生じたこともあって、ついに買い込んでしまった。

◎とりあえずスウェーデンの小説

◎けっこうハードかつインテリ系。日本でたとえれば高村薫みたいな硬派

◎やっぱり出た!オリエンテーリング(ほんのちょいネタだが・・)

なわけでとりあえずいい感じ

(ただいま第一部下巻の前半時点での感想)

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2008年4月24日 (木)

「鴨川ホルモー」

京都で学生時代を過ごした者としては、細かいところがいちいちツボにはまる作品。自分が住んでいたのは東山区だったのでよけいに・・・

話の設定はファンタジックだが、こういうのが自然に思い浮かんでしまう雰囲気があの街角のそこかしこにある、ということも、生活したことがある人間にとっては肌で感じるものがある。そのせいか、かえってリアルに感じられたり。(実際似たような話をおもいついたこともあった・・・)

自分と作者とはかなり年も離れているのだろうが、学生時代のサークル活動の雰囲気、基本的なところは変わらないようで、風景の細かい陰影や匂いや手触りまで、書かれていなくてもわかってしまう。自分もあの時、あほで間抜けで何も見えてなかったなあ、とか思い出し、なつかしくてうらやましい気持ちにひたってしまった。

しかし、レナウンは(バージョンの違いはあるだろうが)どこのサークルでも宴会芸の基本なのか・・・?

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2007年5月23日 (水)

「風の影」

たとえば世界に多々ある都市のなかで「パリ」とか「京都」とかいっただけで、誰もがなにかしら、ほんわりとしたあこがれのイメージが浮かぶのではないだろうか。「風の影」はそうした都市へのあこがれと親愛を、バルセロナという都市にたいして捧げた小説といっていいだろう。推理小説や恋愛劇や怪談、といった要素やディティールをいっぱいに詰め込んだ展開と、主人公を含む多数の登場人物は、この「都市」を引き立たせる「舞台装置」であって、本当の主人公は「バルセロナ」という街なのだ。話の展開そのものは少々ベタ?な大衆小説風だが、エンターテイメントの王道!として悪びれない。本文中にも何回となく「メロドラマ」という言葉が出てくるように、作者も意図して大仰なメロドラマにしているように思える。この都市のもつ雰囲気を、物語で表現するならば、おしゃれで小粋な「パリ」ではなく、しっとり情緒の古都「京都」、でもなくラテン系メロドラマの「バルセロナ」なんだろう。

読み進めていくうちに、よく似た雰囲気の「都市」を、身近に知っていることに気がついた。それは、こてこての下町人情「大阪」だ。NHKの朝ドラが、大阪を舞台とする時、圧倒的な高揚感を維持しているのを見てもわかるように、大阪人の「うちらの街」に対する親愛は熱い。それはこのバルセロナの温度と近いような気がする。

とにかく読書中にも「この街角に立ってみたい。石畳の広場を横切り、古本屋の奥深いショーウィンドウをのぞき込み、早朝の靄の中に立ち、路面電車に乗ってみたい!」と思う。それがこの小説の一番の楽しみ方だ。さすがによくわかっているらしく、出版元の集英社のHPはなかなかにくい。

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2007年3月19日 (月)

「香水」

「香水」原作も読了。かなりドライでシニカルな話だった。大人向け残酷ファンタジー、と言う体裁。映画ではナレーションにその雰囲気が残っているが、映画は“孤独”より“愛”を前に出しているので、似ているけれど別の話になっている、ということがわかった。

主人公が体臭を持たない、ということがかなり最初から書かれているので、そのことについては映画ほどのインパクトがない。それよりも、近世ヨーロッパはまさに体臭社会?であって、お互いの臭いによって存在を確認しあい、社会になじむことができた、という描き方と、その意味をふまえて「香水」が描かれているところが印象的で、異文化を感じて興味深いところだった。概してこの小説を読んで感じるのは、においに関する異文化感、である。

だいたい、元々体臭の少ないらしい日本人、たぶんこの物語と同時期の18世紀の日本は、比べものにならないほど清潔だったはず。その延長にある現在の日本は、臭うなんてもってのほかの清潔文化だ。そうしてみれば体臭のない主人公は、どちらかといえば理想的であって、そうそうショックではない。

要するに、この物語では「体臭」と訳されているが、「フェロモン」といった扱い方をしたほうがしっくりくるのではないか。でも「フェロモン」だと字面からも舞台設定からも、違和感が出てしまう。翻訳文学の難しいところだと思った。

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2007年1月 9日 (火)

「ブラッカムの爆撃機」

金曜晩からものすごい強風と雨。鉄の雨戸ががんがん鳴りつづけて、部屋ごと飛んでいくんではないかとおもう様な不安な夜だった。しかも「ブラッカムの爆撃機」を枕元で読み始めて、途中で寝たので、音響効果抜群?夢の中でも大西洋上空を急旋回しつづけていた。

この本は宮崎駿挿絵の新版で最近出版されたもの。それに引かれて購入したが、ウェストールは初めて読んだ。メカニックな記述が多いので、そういうものが好きな人向けかもしれないけど、児童文学、という括りではもったいない作品。

極限状態の恐怖と、生きていることの哀しみと勇気が描かれていてすてきです。

最近は、剣も魔法も竜も出てこないファンタジーがいい、と思う。

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2006年7月 4日 (火)

「ゲド戦記」

最近「ゲド戦記」はやりつつあるので少々雑感。

4年前ぐらいに4巻以降が日本で発刊されたときに、最初から一気読み。

最初の3巻は、中学校のときに一度読んでいたが、

今読み直すと印象がまったく変わっていて新鮮な驚きだった。

大袈裟だが、こういう「物語」は、人生のいつの時点で読むかで、

影響や感想が全く変わってしまうことがある。

私にとって「ゲド戦記」とのつきあいのタイミングはかなりよく、

その意味ではラッキーな人間だったかも。

3巻目までは言い尽くされているのでかんたんに。

いま読み直した感想は、「かっこいい!」だった。

13歳のときは、オチのどんでん返しがすごく面白かった、というだけだったが。

2巻は一番好き。今読むとさらに好きになった。設定も展開も、完璧。

まさに女の子のための「物語」になっている。

3巻は今読んでも難解。作者が予見して表現したかったものが、その時代には明確ではなかったかも知れない。

ただ、今読むとゲドはまだ全然若いやん、と感じた。

最初読んだときは、ほんとに年寄りに感じたのだが。今はこのゲドの年齢に近くなったからだろうな。

そして賛否両論の4巻。いままで作り上げてきたキャラクターをここまでぶち崩してしまうこの冷徹さ。そのクールなところに作者の根性を感じたね。あっぱれです。

個人的には「賛」。これはこれでいいやん。つうかあのオチに持って行くには必要な展開だったとしかいえないし、あの屈辱感と悲惨さが、最後に高く高く飛ぶための助走になっている。

そこが他のファンタジーと一線を画していて、「指輪」や「ナルニア」のようにベタな追随や亜流を作り出すことすらできない、屹立した独自性をもっている。

3巻で一度終わって、ブランクがあったからこそ受け止められたと思うが、

初めて通しで読んだら衝撃だろうなあ。

とにかく、普通ならふれたくないところをばんばん書いている。

ゲドの、力がなくなった後の自己再生の苦しみ?なんて、まさに定年退職後の男のための物語だし、(そういう意味ではもっと掘り下げて書いてもらいたかった)

テナーの、日常生活の倦怠や不安、ささいないらつきなど、いまになってこそ、

共感できる部分が多い。4巻はまさに大人のため、「中年のおじさんおばさん」のためのファンタジー作品なのかも。主たるテーマが性と暴力になってしまっているので、かなり重いが。

魔法を使う場面は他の作品にも多々あるが、魔法をかけられた側の苦しみなんて

いままで誰も描いていないのでは?魔法だって暴力だ、ということか。

56巻は、かなり話の雰囲気がはじめの3巻に戻っているのでちょっとほっとした。

結局、「ゲド戦記」ではなくて、「テナー戦記」だっだのか(笑)

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2006年6月23日 (金)

「クラバート」

最近になって、やっとプロイスラーの「クラバート」読んだ。

小学校ぐらいから知っていたが表紙がちょっとこわかったので避けてしまっていたが、かなり基本の1冊だった。

中学から高校生までに読んでおく話だった。きっと感動し具合が違っていたはず。

タイミングはずしてちょと残念。

阿部謹也と河合隼雄、てかんじ。ヨーロッパの中世の暗い雰囲気が感じられてすごくいい!ドレスデン、数年前にいったのになあ。

さいごの試練のシーンで、単純に好きだとか愛だとかでなく、相手を気遣う、心配するという心情で書かれているところが、他の作品にはない際だったところ。そのほうが具体的で、いまの自分にはかえって納得感があった。

古典に位置する作品なのに、核心であるこの部分をトリビュートしているのは

「千と千尋・・・」ぐらいなもの?イルジ・トルンカが直接この作品を映画化したのはまだ見ていない。

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