2009年10月19日 (月)

北陸2日間大会!

 朝起きてから、加賀海岸へ当日参加しようと思い立って出る。余裕だと思って、竜王IC乗ったのが9時過ぎ。米原辺りから焦りだしてがんがん飛ばすが、福井までけっこう遠い~。そして福井から加賀海岸までも意外に結構ある。10時45分にIC降りて、会場に車横付け、ほんとにギリギリ。

 当日でもEが走れるところが魅力だったが、コースはなんだかメリハリのない練習会みたいな感じで、しかもミス設置疑惑多数・・・?とはいえ自分の走りもへたれで40分もかかってしまった。このコースなら35分で走れるべき。

 テライン内は小松が下草状態に伸びて足下が悪く、ばりばり痛くてまるで北欧でも走っているかのような感触。そう言う意味では良い練習になったか。明日の公認にそなえてスプリントは欠場にした。その間にいきなりゲリラ豪雨。ほとんどの参加者はびしょぬれ、でも楽しそうだった。

会場を出るころには豪雨はからっとやみ、まためちゃいい天気になる。近くの温泉によってから宿へ。

福井県庁北側のホテルを取っていたのだが、県庁は福井城跡に建てられていて、石垣とお堀に取り囲まれている。夜間も歩行者はとおりぬけできるのが面白い。

駅前の居酒屋で夕食にする。頼んだものはすべてすごくおいしくて大満足。食べてる間にまたもや急に風がふいてきて、いきなり雷雨。小降りになったあたりで外に出たら、またもや激しくなって本降りになった。びしょびしょになりつつホテルへ帰り着いたらちょうど雨があがり、いったいなんやねん?

 翌日、会場の小学校へつくと曇りがちで雨もぱらつく寒さ。スタート前にもざーっと一雨きていて、けっこう寒い。とはいえ走り出してしまえば雨でもなんでもかまわないわけで。1からいきなりむずかしめで、大きくミスる。リロケートはスムーズだったので、あとは挽回すべくガッツ。とはいえ藪にからまって2もいまいちなアタック。その後は道走りと登りで、ガッツあるのみだったのがすこしは幸いした。ルート的には完璧ではなかったが、最後のショートレッグもスピーディにこなして走りきれた。

結果みたら、さかいさんに秒差負けで2位。なんか昨年の雲仙もおなじような感じだったかああ?!なんか進歩してないなあああああ?巡航は実はあまり変わらず。かのじょは後半でアップをおさえたルート取りがうまく、その辺も差がでてるか。

会場では名物おろしそばを食べ、(寒かったのがちょっと残念)産直市場の軽トラから野菜を購入。表彰式が遅れ、そのうち関東からの参加者はもうどんどん帰ってしまい、結局うちらも会場をあとにした。地図もよかったし、コースも練られたいい大会で、十分楽しめた。運営の方々、お疲れさまでした。

レース後、近くの一乗谷朝倉氏遺跡へ観光にいく。中世の町並みを一部再現してあり、その時代の衣装や鎧兜の着付け体験もさせてくれる。戦国時代の遺跡なので、時代劇というより大河ドラマぽい!すごく新鮮。しかも210円!

ちかくの温泉で入浴後、せっかくなので夕食も福井で、インターを通り越して町へもどり、最初にでてきた蕎麦屋にはいる。夕食時間帯にもかかわらず客はすくなかったが、かなりうまかった。べったんという、蕎麦の刺身のようなものがめずらしかった。最初は失敗したそばをまかないで食べていたものだったらしい。

行きは急いでいたので遠く感じたが、実は2時間で南草津まで帰りつけてしまった。意外に近い。文化的にも十分に関西圏だと感じた。

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2009年10月12日 (月)

はせつねに出なくても

10月10~11日は愛知で学連合宿、というのでコーチとして呼び出され、結局山籠もりの連休。がっつりトレーニングするか、と思いきや、1日目の1本目のとちゅうで、蜂に刺された子が2名出て岡崎市民病院へ搬送することになり、練習ほとんどできず。ポイズンリムーバー、買ったばかりなのにもう3回目の出動。

翌日は名大椙山大会。インカレ会場だった小学校が、防災用にひろびろと整備されていた。こちらの山には蜂がおらず、対策として白っぽい格好をしていたのだがあまり意味なしだったか?

レースは前半の道走りで遅かったり、ルート取りに失敗したレッグ有り、後半はいい感じで難しめアタックもうまくいけてた。とはいえ薄氷を踏むような勝利だったか。コース回しがN、GとAが交錯するところがあってちょっと難あり、だったかも。

 今回は賞品をいただき、自分のは椙山模様のタンブラーだった。三河高原トレランでもタンブラー貰ったところで、もう3つも集まってしまった。

3日目、ロングレッグとリレー練習。リレー練習は男女分かれてになったが、女子だけでもけっこう白熱(コーチだけ?)連続して3本はちょっときつすぎるので、最後はショートカットして短く。でもほとんどの女子は帰ってこない・・・

距離は短くても集中した良い練習ができた。

愛知からだと帰路も早い。刈谷で風呂によっても余裕の8時帰宅。

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2009年9月 1日 (火)

やっと夏休み

帰国して3日目にして八ヶ岳へ。仕事なんか1日半しかしてない。

いつものレジャセンは複数の大学が合宿中で、混沌としながらもだらだらとしていて、あ、夏合宿、て感じ。たぶん他校の1回生からもOGだと思われたのか、廊下で会うたび挨拶された。

土曜はからっと晴天で、期待していたよりもかなり暑い。しかもやはり走り始めからだるい。時差ぼけは軽めだったはずだが、走るとなるとまだ影響大だった。なのでかなり体も頭も働かない感じのいけてないレース。まあ、今年は気持ち的にも遊びにきたようなもんだからな~。

時差ぼけのせいか、いつでも寝られるほどに眠かったので、大コンパをさけるため、つてをたよって別宿へ。しかしここでもそんなに簡単には寝られなかった・・・・・・

翌日は、本栖湖で初カヌー。かなりまえに1人用をこいだことはあったが、2人用は初めてだった。

ちょっとお手軽に思っていたのだが、実は思ったよりもかなり上半身の体力がいる、しっかりトレーニングだった~。でも普段やらないことだったのでかなり面白かった。湖水がとても澄んでいて美しかったのも感動。

2時間あまりかけて湖を往復したが、全員へろへろ。

帰りの運転は速攻で眠くなってかなり危なかった。

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2009年8月15日 (土)

トレキャンの日々

トレキャンも3日目になり、14日はスプリント練習。宿から20分もかからないディオーシュジュール城のすぐちかく。四角い4つの塔をもつ正方形の城で、崩れかかった屋上まで登れるらしい。主要道からも遠望できる。

ゴールになってた公園は普通の高級住宅街みたいなところで、まるで千里中央みたいな雰囲気。ハンガリーも普通の国だなあというか、日本に似ている感じがすごくする。

午後は気分転換に、近くの温泉へいってみる。金曜とあってか、近づくにつれてすごい駐車、人の群れ。しかも入場料は2400フォリントもする。けっこう高いぞ。

みたところ遊園地のプールみたいな施設で、山を削って作った洞窟の中に迷路のような流水プールが出来ている。芋の子を洗うような混雑。しかもほんのりあったかい程度。長居すると体調に響くかもと危機感を覚え、出ようかと思ったぐらいに35度プールをやっと見つけて少しだけ温まれた。

今日になって急に各国選手をたくさん見かけるようになった。イベントセンター付近は大量の鞄やトランク、人々の出入りがはげしい。

明日からモデルイベントが始まるから、当然といえばそうなのだが。

夕食のときの食堂で、スイスのシモーネとお子さんを見かけた!まだ全然ちっちゃくてかわいい~!

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2009年8月13日 (木)

ハンガリーへ

いよいよ世界選手権へ。

台風9号と地震をかいくぐって関空へ。まりえさんと落ち合って搭乗手続き。

カウンターは混んでもおらず、出国もスムーズ。機内は団体ツアーでほぼ満員だった。

11時間強のフライトの後、フランクフルトで乗り換え。ゲートの関係で飛行場の端から端までがんがん歩く。この空港けっこう広いのであまり余裕がない。しかし、イミグレもセキュリティもかなり意外なほどスムーズに通過。それでも壁にテロリストの指名手配写真が貼ってあったりする・・・

たいていこのへんで日本人団体とはおさらばなのだが、今回はブタペストから入る団体ツアーもいたようで、最後まで日本人だらけだった。

ハンガリー空港には6:30に到着。荷物をピックアップしたら7時前だった。予定では8時東駅発のインターシティに乗るつもりなのだが、乗り合いバスが出たばっかりで30分まちだという。しかたがないのでタクシーを使う。相当荒っぽい運転でかなり振り回されたが25分ぐらいで到着。

しかーし、東駅では電車が遅れまくっていた・・・

19:33発のICが停まっていたのでこれに乗る。結局出発したのが8時前だったので、実は予定通り?

夕暮れを見ながらしばし「世界の車窓から」気分になったが、さすがにもうつらくて、2等車のシートで横になる。22時にミシュコルツ駅到着。

駅はあいかわらず薄暗く、人々はぞろぞろ降りては夜の街に消えていく。うちらは2人、正面玄関でお迎えこないかな~としばらく待つが、その気配はない。

もういいかげん寒いし眠いしなんとかしなければ、と思い、たしかバス路線があったはず、とちょうど来たバスの運ちゃんに聞いてみたが、まずチケット買え、といって去っていってしまった。終バスは22:35だからまだあるという。結局自販機はハンガリー語を解読できず、駅のキオスクのにいちゃんは(なぜか)今時分レジが壊れてかかりっきりでチケット買えず。結局一周してきた運ちゃんに現金握らせて乗せてもらった。

去年一度きているので、記憶をたよりに闇の中に目を凝らし、見覚えのある景色のバス停で降りる。正面が選手村宿舎のUniHotelだ。

幸いなことにレセプションはまだ開いていて、受付すませて部屋の鍵をもらい、エレベーターに乗ろうとしたところで降りてきたオフィシャルの人にばったり会った。てっきり携帯にかけてくるものと思っていたが、連絡こないから車だそうとしたところだったそうな。

昨年も来たのでちょっとわかってるつもりだったが、ヨーロッパの移動手段の中でもハンガリー鉄道は難易度高いと思う・・・。

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2009年7月27日 (月)

はちのふいうち

この日曜は、兵庫県のクラブ練習会へおじゃまさせてもらった。

場所は三木山森林公園。

うちからいくと関西圏の端から端へ移動するようなもので、けっこうかかる。

阪神なんば線が通ったので、神戸に行くのはかなりスムーズになったが、

新開地から神鉄に乗ってからが遠かった・・・・それでもかなり鉄分高くなって楽しめた。

三木市にはいってから猛烈な雨。それでも30分ほどで止んだが、

山の中はかなりしっとりつるつるになって、難易度上昇。

しかも後半の一番おくのほうで、蜂の不意打ちにあい、練習しゅうりょ~・・・

そこから走って帰ってきたが、ショック状態とかにはならなかったので、まあ一安心。

しかーし、刺された箇所がびみょーすぎ、それに何ももってないので

とにかく洗って冷やしておわり。

(これがツボ刺激とかになって、故障中の箇所とか治れへんかなあ?)

そういや前に刺されたのって、2005年の愛知WOCスプリント併設のときだった。

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2009年7月 6日 (月)

野うさぎ!

昼休みに走っていたら、目の前を茶色い丸いものがぴょんこぴょんこと通過。

ノウサギだ!はじめてみた。

ちょっとまってー、あわてて止まって携帯出して写真撮る。

なんでか写真撮る間、ノウサギは鼻ひくひくさせながらその場に止まっていた。

しかも撮った直後動き出して、湿地の奥に跳ねてった。

なんかほんまに待っててくれてたみたい。

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2009年6月26日 (金)

さくらんぼ前日

あだたらをパスしたら、実はスプリントの練習機会がかなり少なくなってしまうことに気づき、結局もうしこんでしまったさくらんぼ。

この際前日から休みとって山形入り。

飛行機まで使ってかなり豪遊な一人旅になってしまった。

行きの航路ではちょうど北アルプスの真上(白馬付近?)を飛び、残雪残る山肌を見られてちょっと興奮・・

朝日岳も月山も、すごくゆるやかなのに残雪が多くてかなり意外だった。北国だねえ。

陸が近くなると、平地は田んぼと果樹のビニールハウスが半々ぐらいの割合に見えた。

さすがさくらんぼの国。

盆地の山形は、うわさどおり暑い。でも乾燥していたのでわりに快適。

今日は軽く観光、のつもりで街を歩いたが、今年の大河ドラマの主人公は米沢が本拠なせいか、山形市内は盛り上がりがいまひとつという感じ。(でも歴史的には勝者側やんな?)

霞城跡も整備が始まったばかり、美術館、最上義光館と回って、暇をもてあます。

でもいいかんじの地方都市です。

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2009年6月20日 (土)

京都通い また

京都府練習会があるという情報を得たので、二週続けて京都へ。吉田山なので、山スプリントとしては最適かもしれん、ということもあった。

先週に練習したせいか、学生参加者は少なめ、京都府参加者は・・・やっぱ少なめ。

吉田山のほうが、東山よりずいぶんと入ってないせいか、新鮮でいい練習になった。コース回しがかなりガッツで、本当に山スプリント練習・・・

最近?なのか山頂に喫茶店ができたせいで、急におしゃれスポットになったらしく、女の子たちやカップルをちらほら見かける。普通ならこんなところ登ってくるはずないのだが・・自分としてはかなり不思議だ。吉田山も変わったね・・・

練習は昼過ぎに終了。解散となった。またこのまま帰宅もなんなので、まずビイヤントでカレー食べて、歩いて今出川から寺町通りへ、また三月書房のぞいて、柳桜園でほうじ茶買って、ミツハシとロッジとモンベル覗いて、錦市場はすごい人出で、、、今回は町歩き満喫、なかんじだった・・・

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2009年6月14日 (日)

京都通い

OLを、きちんと練習しようとすると大会に出ることが一番だが、そう毎週遠出もできない。なのでなんとか近郊で練習が出来る機会を探してみたら、ちょうど京都で学生が練習会をする予定だという。ちょっとお願いして参加させてもらうことにした。

この日はロングセレ対策とのことで、東山の南部分(七福)で15000。集合場所は哲学の道の南端から登った同志社墓地の横のオープン。9時半に集合して、設置のち練習。この時期くらいから京都はかなり過ごしにくくなるのだが、入梅はまだらしく、気温は高めだが、湿度が低くて始終風がさわやかだった。

短めのコースを気を引き締めて走ることにしたので、練習自体もさくっとさわやかに終わったのだが、学生さんたちはやはり学生らしくのんびりだらだら。この日はさわやかなのでこれでもよかったけれど、やっぱりちょっと、時間もったいないなあとか感じるのはやはり社会人だからか?

練習会は16時に終了。解散後、すぐ帰宅するのもなんなので、哲学の道を北上してみた。以前よりちゃらちゃらした店は減ってるような気がする。銀閣寺参道まで来るといきなり観光地になった。銀閣寺道交差点のパインジュースは残念ながら定休日。なので少し南下してオオマエでイチゴショートケーキ買う。よく行ってたころはイチゴショートの重さが尋常ではない!と評判だったのだが・・・そのまま吉田山のベンチでおやつにし、バスで祇園四条へ。帰り際にちょうどみよしやが開店したので、みたらしかって帰る。京都なのにくいだおれみたいだった・・・

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2009年6月11日 (木)

初夏かも

職員寮へ、書類届ける用事があったので昼休みに走っていってみた。いつもとルートがちがうと、見えるものが違って新鮮。近所の川にはでかい亀が何匹も甲羅干ししてるし、ケリの雛?を狙うトビが田圃の上を低く旋回していたり、それに向かってケリの親が攻撃して空中戦になるのを間近に見たり。往復6.6km。

昼休み時間内ではぎりぎりだったが、間に合う距離だと判明。

最近公園内でホトトギスが鳴き出した。ウグイスもライバル意識を燃やしてか、交互に鳴き交わしている。この日は蝉も鳴き出し、走っていても頭上がかなりうるさいことに。

道ばたにグミの木が1株あり、最近赤い実が葉陰にちらちら見えるようになった。とはいえ熟してもすっぱいのでいまいち手が出ない。公園内にヤマモモがあるので、こっちはかなり楽しみだ。

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2009年5月25日 (月)

高級店突撃隊

久々に会った友人と、上野のどこかで一緒にめし食おう、ということになった。

かる~くイタリアンだと思って、広小路のチッタへ行ってみたら、実はリストランテに限りなく近いトラットリアだった!踏み込んだ手前引き下がれず、それでも場慣れたフリをして、出されたコースメニューを単品攻撃でかわし、なんとか財布を守ったのであった・・・でも内容はかなり満足!

前菜はジャガイモと太刀魚のサラダ、イタリアンパセリがさわやか。

パスタは自分がイカとカラスミのオリーブオイルソース、あぶったイカの焦げ感と、家庭用パルメザンチーズのようにふんだんに振りかかったカラスミの香り!いわゆる発酵系が好きな人にはたまらん“臭さ”。

皿がおおきすぎるのか、見た目は量が少ないように思えたが、味も香りもしっかりしているので十分満足感が得られる。もっと多かったら食べきれないだろう。

つれが頼んだのはカルボナーラ、パスタの上には生ハムが盛り上がっていた。パスタの熱でハムのはしっこがとろとろっとしている。

少し分けてもらったが、これストレートにめちゃめちゃうまかった。簡素なのに濃厚。ほんもののカルボナーラを初めて食べたかも。

連れ(とその財布)がちょっとおちつかなげだったので、ドルチェはなしにして引き上げた。次はちゃんと準備して臨みたい・・・(^^;

これが京都なら普通だが、上野ではまだまだお洒落すぎ?かもしれない。でもこういうの待ってました!て感があるので、ちょっとうれしい。

しかし、このへんでは結局「特別な日に使う店」になってしまうのかな~。特にこのままの価格帯だと苦戦だろうな~。せめてもうちょっと敷居を低めにしてもらっていただければ・・・

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2009年5月17日 (日)

雨の日、陶芸めぐり

不器用なもので、休日走らないとなると、することがない。しかも朝から雨。

なんだかんだの末、信楽ー丸柱、陶芸めぐりとなった。

まずは信楽。雨の休日とあってひとけが少ない。いいかんじの田舎町の雰囲気。

ひとめぐりした後、山をこえて伊賀焼の丸柱へ。

以前に来たのがちょうど5月連休の伊賀焼祭の大混雑だったので、この日は印象がまったくちがった。

雨だったこともあって、田舎集落のしっとりした雰囲気+高品質な陶器=めちゃ文化的!になった気分!都会のサライな人とかにはかなりツボにきそうだな。

なんか地元再発見したような、新鮮な体験だった。

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2009年3月19日 (木)

スキーO応援ツアー3

3日目 快晴。昆布岳も登別のウインザーホテルもくっきり見える。

今日はリレー、1走スタートを見逃してはもったいない。チェックアウトを後まわしにして、とりあえず準備して会場へ。

 クロカンスキーのマススタートは初めて見るので興味深かった。スキーOは地図をセットするのに時間がかかる。そのためかリレーでは一人ずつ役員がついて地図を配布する。まず男子が一斉スタート。昨日と同じように選手は左手の山へ消えていく。雲一つない快晴で目が痛い。

この日もビジュアルがないようで、ラジコン情報のみがたより。

男子スタートを確認した後、急いでまた部屋に戻り、チェックアウトしてまた会場へ戻る。ちょうど1走のゴールの瞬間に間に合った。日本はトップ集団におくれることなく5位でタッチ、らしい。これかなりすごいやん!

2走ゴール時点は7位になったが、まだまだ競り合う展開の中でかなりいいレース。3走はリトアニアと7、8位を争っていたようだが、最後は少しはなされてしまって8位でフィニッシュ。惜しくも競り負けた展開だったとはいえ、フットではまだまだ考えられない高順位だよ。

実は競技時間がおしていて、日本の男子のフィニッシュのすぐ直後に女子1走スタートだった。

女子は人数をそろえている国が少なく、フルメンバーは9カ国。

スタートを見送ってしまうと、ラジコン中継までまたぽかっと時間があく。

先に出て札幌観光へ行く人、あまりにいい天気なので自分も滑ってくる、という人などもいて、応援団は少し寂しくなったが、とりあえず女子のゴールを待つ。

女子のレース展開は、最初に少し出遅れてしまった分を挽回できず、9チーム中8位。カザフには勝てるはずなのに、とちょっと悔しそうだった。

そしてフラワーセレモニー。やっとちゃんと表彰式を見ることができた。選手の顔も、やっとまともに見える。最後まで晴天で、いいフィナーレだった。

 

レースが終わって、さて帰る準備。ホテルのロビーで荷造りし直して15:30のバスを待つ。

フロントの一角に、ホテル周辺のゴルフコースの航空写真が飾ってある。どうもそこが今回の競技エリアだったらしく、チェコの男子選手が2名、その写真に覆いかぶさるように熱心に話し込んでいた。地図のように回せないので、2人とも壁にはりついてあっち向いたりこっち向いたりしてかなり無理な姿勢。後ろから見ていて面白かった。

応援だけだったが、種目はちがえどもそこはWOC。雰囲気や、選手たちの気迫など、見ていて気持ちが高揚するものがあった。やっぱいいですね。選手も運営の皆さんも、お疲れ様でした・・・

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2009年3月13日 (金)

スキーO応援ツアー2

 翌朝は、曇りがちだが晴。部屋の窓から会場を見下ろすと、すでにスタッフの方が準備をしているのが見えた。10時過ぎに会場へ。スタート、ゴールは同じところ

だが、レースはほとんど北側の山手で行われているので、レース中の様子はアナウンス以外まったくわからず。とはいえ会場で待ってると次々と選手がゴールしてくる。ラスポーゴールは坂道の登りで、レーン脇を板はかずに登ってもかなりの傾斜だ。風がきつくてかなりつらい。選手は地図を飛ばされたりして苦戦したとか。それでも午前中はまだ晴れていてよかったが、午後になると吹雪いてきて、視界も1,2m、ホワイトアウト寸前だ。スキーリフトも止まってしまう。午後の女子は本当に厳しいレースになった。応援側もあまりの寒さに耐え切れず、スタート見た後はゴール予想時刻までホテルのロビーに避難したりしてなんとかしのぐ。

しかし、この吹雪の中でも持ち場を離れられない運営の皆さんはほんと~に大変そうだっ!

後で聞いたが、通常なら中止にするぐらいの悪天候だったそうで、WOCだけにちょっと無理したんだとか。競技時間終了まぎわになって、スノーモービル捜索隊を出した直後になんとか帰ってきた選手もいたとか。やはり過酷・・・

レース観戦後、昨日のコースを滑ってると、クロカンスキーでしゅーっとやってきたH口氏にとっつかまった。

でもって、いいカモが見つかったという感じでいきなり強制特訓をうけるはめになり、平地でぐりぐりスケーティング。

昨日より寒いはずなのに昨日より汗だく・・・フィジカルトレーニングはばっちりだな?

 土曜とあって広いホテル内は人だらけ。どこが不況じゃ?といわんばかりにバブリーな屋内施設もフル稼働だ。耳につくのが関西弁と中国語。中国人は団体さんだった。上海の企業の社員旅行のようだ。チャイナはバブル真っ最中らしいが、本当なんだと実感した。

気温が下がって雪がどんどん降っている。明日はどうかな。

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2009年3月12日 (木)

スキーO応援ツアー1

3月の北海道。スキーでいくのは初めてだ。

取った宿はルスツのタワー側、あまりにも高級ホテルで、ジャンボやレジャセンや伊勢慶に慣れてる身にはびっくり。部屋に通されると、二階建てで個室も付いたメゾネットタイプだった。めちゃ広くてO島家ぐらいありそうだった・・窓からはなんとスキーOのゴールレーンが丸見え。こりゃ充分にお得すぎ。

併設スキーOに申し込んでいたのだが、ホテルが広すぎてさっぱりわからず、遅刻スタート。5年ぶりぐらいのクロカンスキーはほとんど忘れていて、ばたばた宙を泳ぐようにしか進めないし、全然進んでないのに汗だく。4時半で競技時間終了になり、かなり体力も消耗したので適当にあきらめて終了。そのあと選手の方に差し入れに行く。

タワー側が競技エリアなので、皆サウスとノースに泊まっているらしい。

皆の調子とかいろいろ話も聞く。スキーOのWOCは予選決勝方式ではないが、トップ20位までに入ること、が重要な目安になるらしい。20位まではレッドグループと言われ、シード権など優遇措置があるという。参加国は少なめだが、いわゆる強豪は北欧、ロシア勢でしめられているので厳しい争いだ。そのほかはチェコ、スイス、リトアニア、ブルガリア、カザフスタン、ウクライナ、USAといったところか。

フットでも有名な選手も見かける。NORのオイステン・クヴァール・オステルヴォ、FINのリーサ・アンティラなど。とはいえ他はほとんど見知らぬ面々だ。競技としてはそれなりに特化しているのだろう。

夕方から気温が上がり、外は雨。雪が解けてどんどん足下がびしゃびしゃになっていく。

明日はトップスタート10:00なので、8時に朝食ということで、就寝。ダブルベッドが立派すぎ、エアコン暑すぎで寝付きが悪かった。外はずっと雨。

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2009年2月20日 (金)

しぜんかんさつ

090111_125701 あったかくなったかと思ったら今日はかなりの寒さ。ときどき雹まで降ってたみたい。でもいつものコースにはもう梅が咲いていた。池にはまだマガモがたくさんいる。

耕された田んぼを低く飛んでいる鳥がいて、トビに似ているけど飛び方が違う。地面に近い低空をアップダウンしながら飛んでいて腰が白いのが特徴だ。調べてみたらどうもチュウヒらしい。意外によくいるみたいだが初めてだった。

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2009年2月16日 (月)

学連合宿

学連合宿で青山へ。いくらうちから近いといっても入るのは久々だった。

やはりインカレ以降5年もたつと、植生はかなり変わってきている。

植生だけ再調査して大会でも開けばいいメンテナンスになりそうだ。

2日目は奥鹿野。いつもここは寒いイメージだが、この日は異常なあたたかさ。

そしてここは植生も見通し抜群で土質もいいし、ほんとに走りやすい。

ここにはじめて入ったという子が、

こんなにきれいな山で走ってしまうと他の山で対応できないよ!?

と言っていたぐらいだ。

奥鹿野のテレイン内は一部伐採が増えていて、走ってる途中にも遠くにチェーンソーの音。

当然伐りたてほやほやの、花粉いっぱいの杉丸太がごろごろしていたのだった・・・

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2009年2月 3日 (火)

木津川マラソン

この1週間でかなり調子はましになってきたのだが、心を鬼にして?絶対とばさない、スピード押さえる、せめてキロ5分半台で!という変な目標をもって臨む事にした。

河川敷のグラウンドは前日雨だったせいかレジャーシート必携。

レース中は向かい風がきつめだったが晴れてて快適、そのうちうまく風をつかって走るコツもつかめた。上体を風に預けるように倒れ気味にすると、自然に前傾姿勢になってうまく前にすすめるのだ。これで数人抜かせたりして。

コースは川沿いのサイクリングロードなのでわりに狭い。途中横切る(下をくぐる)線路や道路をチェックして、飽きないように走る。思ったより早く流れ橋の横を通過。これを見るのが目的で参加したようなものだったので、見られて満足。

折り返しからは追い風で、ついスピードが上がるのを押さえつつはしる。性別順位は30番ぐらいだよな~と思いつつ、ラストスパートも我慢してゆっくりめにゴール。実に予想通り。疲れはしたが足の調子は悪化してない様子でややほっとした。

走り終わってからどんどん寒くなってきたので、うどんだけ食べたら知人を探すのもあきらめて退散。

結局走ったせいでまたしっかり休まんといかんわけで。

練習するより休むほうがなんぼか難しい。

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2009年1月14日 (水)

知ったかぶりカイツブリ・・・

滋賀県協会の新年会ではまった・・・

頭の中を56曲以上がヘビーローテーション中。

好きな歌でもそうそう全部歌えるものではないのに、

気がついたらほとんどそらでおぼえてしまっていた。

ゆるキャラ、短くて単純、ベタなメロディー、

地名のインパクト、すべて字幕つき画面、

実はかなり戦略的に作られている様子。

ひこにゃんより、こっちのほうが絶対いい。

お互い地味な隣県、と思っていたのに、しらんまに盛り上がってる~!

我が県にとっては衝撃の事実かもしれん。

前はガソリン入れに滋賀県にいってたが(安かった頃)

今度はグッズ買いに平和堂へいかねば・・・

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2009年1月 2日 (金)

そして膝痛がのこった・・・

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合宿最終日は90分ジョグのみ。だったが、朝からもう足元よろよろ状態。海岸沿いの公園にある2kmほどの周回コースでぐるぐる。丈の高い椿の植え込みで囲まれた見通しのない遊歩道は、英国式庭園みたいなかんじ。公園マップだけでもミニスプリントはできるなあ、と思いながら。

風も穏やかで、帰りの船は元町港から出るという。港の周辺は、どこからこんなにでてきたんや?というほど人があふれていた。

距離は稼ぎまくった分、充実の合宿だったが、残されたのは膝の痛み・・・長引かしたくないもんだが・・・・

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2009年1月 1日 (木)

やっぱり三原山へ

元旦の練習は午前だけで、午後はフリー。休もうと思えばいくらでも寝ていられたのに、MTBを借りて三原山へ向かった。(登りのバスは1日に1本しかない!)

車道とはいえ九十九折の厳しい登り、がしがしこいで1時間弱で外輪山のへりに到着。こんな時間にやってくる客も少ないのか、さびれた観光地、という感じでほぼ店じまい中だった。

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MTBで登ると、ほぼ前太腿のみに負担がかかるのか、膝は痛まず。ほぼ海岸線から600mぐらいまで登ったことになるのでけっこうきつい。最後は太腿も疲れたので骨盤でこぐ感じでやっと登りつく。

外輪山から火口まで、段差のない舗装路なので、山頂までMTBでいける。三原山ってバリアフリーだ。この日は雲もない快晴だったので、360度視界がひろがり、伊豆諸島の島影が重なっているのも、北のほうの富士山もくっきり白く見える。視界を足元に向けると、火口の北側は昔走った裏砂漠のテレインが広がっていた。たぶんだいぶ変わってるだろうが、トレイルランだけでもしたかったな。

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下りはまた同じ道をガンガン下る。街灯もない道なので、日没までには帰りたいという強迫観念からか、20分ほどで下りきってしまった。宿に着いたときには、ブレーキ握る手がかじかんでるほど寒かった。

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5kmを2本?

元旦の練習は、初日に風に吹かれまくったサイクリングロードで5kmトライアルを2本。

フルマラソンの距離を走った翌日にやって、タイムでるかよ?つうかでないよね?だからそういう意味ではないのね?

朝起きたら、右ひざ外側下がピンポイントで痛くなってた。やばい感じ。普通は走らない。

090102_110101 しかし走ってしまった。しかも午後は三原山へいく予定。

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2008年12月31日 (水)

島一周?

090102_064001 朝練は毎日しっかりある。大島高校のグラウンドまで。南国ぽい藪そうな小山をバックに、芝生ぼうぼうの立派なグラウンド。西側は開けていて、海の向こうに伊豆半島が見える。北のほうには富士山。

伊豆大島の周回道路を一周すると大体42kmほどらしい。フルマラソンの距離とあって、2日目は島一周。キロ6分半より遅いぐらいでゆっくりと反時計回り。ゆっくりといっても、硬い舗装路でアップダウンが多い。30km過ぎからだんだんきつくなってきて、しかもそこから下りがきつく、足の付け根も足首も膝もがんがん痛くなってきた。しかもはせつねとかに比べると、なんか中途半端にしんどい!

紅白はかけながら布団かぶって日付が変わるのを待ち、近所の神社へ初詣。

神社は昼間とは想像がつかないほどの人出でにぎわっていた。お神酒と甘酒いただいて、またすぐ布団へ。081231_185401

081231_185301

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2008年12月30日 (火)

大島合宿へ。

081230_130002 今年の年末年始はランニング系合宿に参加。ほぼ10年ぶりに伊豆大島へ。

昔は周遊切符があったのだが、そんなのもう全然ないし、熱海にとまるひかりも1日に2本程度。しかも熱海ー大島間のフェリーが、高速化したものの1日に2本しかなくなってた。

強風のせいで岡田港着。定期バスが45分後?ちょうど元町から来たバスの回送ついでにのせてもらえてスムーズに宿に着いた。

しかし、誰にも会えず、ぼーっと練習開始まで時間待ち。一軒しかないスーパーはあいているが、人気ない。

やっとメンバーにあえて、初日は海岸べりのサイクリングロード5km往復ジョグ。ものすごい強風で、往路はすいすいだったが、復路は息もできなくなるほどの強風。ものすごく力いっぱい走ってもスローモーションみたい。そのまま前に倒れても、倒れない!

登山のときでもよくあるが、あまりの強風にあおられるとなぜか笑えてくる。やけくそになって大笑いしながらの往路ジョグになった。

081231_185101 さすが島の民宿、夕食はお魚いっぱいで豪華。

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2008年12月17日 (水)

ハンガリーなクリスマス飾り

081216_222102 ハンガリーのトレキャン中に、大会会場で売ってたクリスマス用?の飾り物。木の合板を焼き印みたいなものでくりぬいた、シンプルかつ素朴なつくりだが、デザインがすごくいいので土産用に買いまくってしまった。1個80円~150円程度。

つうか、これ日本で売れる!と確信できるぐらい。最近東欧もじわじわ流行ってるし。

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2008年11月17日 (月)

滋賀パーク

最近希望が丘に行くときはいつも雨だと思いながら出かけたが、現地に着くとわりに小降り。

クラブハリエの誘惑は大きかったが、そんな簡単な道を選んではいけない!とMAにした。

したら怪しい表記にしっかりやられてBファイ確定。

とはいえBファイ一斉スタートはリレー練習のようだったのでかなり面白く、けっこういい練習になった。

やはり簡単な道走りならMAの中でもけっこういけるかも?と思えたのが収穫。

バームクーヘンは手に入らなかったが、後日別ルートでハリエのお菓子をいただいてしまった。ハリエは何食べてもおいしい、ありがたや。

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2008年11月16日 (日)

曽爾高原下見

とりあえずマラニックにつかえるかな?と思ったので下見、兼トレーニング。

11月15日、朝は雨だったが昼から日も差す予報だったので遅め出発。

案の定現地に近づくにつれ小雨から霧になり、雲がかかってるだけになった。

時々日も差す。11時半に曽爾高原お亀の湯へ車を止めて出発。

気温も高めなのでタイツに山シャツ、薄手フリースのみ。それで暑いぐらい。

お亀の湯―国道ぞいに長野まで南下ー屏風岩―住塚山―国見山―クマタワー済浄坊渓谷ー国道葛バス停―お亀の湯 と回ったが、コース的には逆走したほうがよかった。正味3時間半でお手ごろコース。

兜岳、鎧岳の紅葉はものすごくきれいで、雲仙以上。カメラマンも数人見かけた。

お亀の湯に戻ると、バスツアーが3台もきていて、ちょうど入浴ラッシュがすんだぐらいだった。屏風岩方面には20名足らずだったのに、こっちは100人以上か?

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2008年9月15日 (月)

涸沢日帰りー徳沢一泊

今年の朱雀登山は9月連休に決行。とはいえメンツは家族1組と女性2名だったので家族は徳沢でキャンプ、残り2名は別行動で、上高地―徳沢―パノラマコース経由で涸沢―横尾経由で下山―徳沢、という涸沢日帰りコースへ。

普通は涸沢まで行って1泊のところ、ほぼ初心者のつれを、雨の中パノラマコースへ登らせて、ロープをつたう岩崖トラバースを10本以上、やっぱりプチ硬派登山?になってしまったかも。(大変すみませんでした。)久々の涸沢は、雨は小降りになったものの霧が深く、小屋の赤い屋根も、パノラマコースの終点ぎりぎりまで見えず。

7時半に徳沢を出て、13時に涸沢にたどり着く。やはり涸沢はかなり寒い。連休の初日なので、横尾からの沢道を登ってくる登山客もひっきりなしだ。パノラマコースではほんの4,5名しか見かけなかったのにな~。そのうち雨はやんだが、屏風側は晴れたものの、北穂、奥穂は全く見えず。1時間も休憩して、下山開始。横尾に下るのはかなり整備された快適な道で、疲れがくる後半にこっちを通って正解だった。一般に登山のルートは傾斜のゆるいほうを登ってきついほうを下ることを推奨しているが、絶対逆のほうが安全だと思う。

 16時に横尾に着。最後にすれ違ったパーティは15時半ごろに本谷橋まで到着していなかったが、よっぽどのツワモノか、よっぽど遅れたかどっちなんだろう? また雨が降り出してどんどん暗くなるなか、17時に徳沢園に帰還。

山小屋というより立派なホテルで、玄関にはフロントがあって女将がお出迎え、スリッパにはきかえて、相部屋でも1人分のスペース確保、お風呂もあり快適。しかしなんと数日前に食中毒?を起こして台所使用不可!とかで食事提供は仕出し弁当のみ、とのこと。こっちはもともと夕食は自炊だったので問題なしだが。(仕出し弁当は河童橋たもとにある五千尺ホテルからで、朝食だけ食べたがかえっておいしかったかも?)

そのためかやたら待遇がよくて、宿泊費も大割引!帰りには来年のカレンダーまでお土産にいただいてしまった。

 翌日14日は快晴。家族と合流して9時に出発。最年少のペースにあわせてゆ~っくりと進む。梓川でかえるの卵を見たり、途中きのこを探したり、ゴジュウカラの鳴き声を聞いたり、泉の湧き出す様を眺めたりして、1時間の距離が2倍かかって明神に到着。ここでもゆっくり休んで、穂高神社経由で今度は梓川の穂高岳側の遊歩道、車道を歩いて(人が少ない)2時間かかって河童橋までたどり着いた。荷物を持つ身には、ゆっくり歩くほうがしんどいという事実を実感。にしてもご家族の体力、全員かなりすごいもんだと思う。

河童橋周辺半径200mだけは別世界。まるで梅田の地下街。近くのベンチで遅いお昼、お子様はしばらく梓川で遊んで、3時過ぎに平湯へ。

あかんだな駐車場で解散し、すぐ近くの神の湯へよってから帰路。

東海北陸道はいつもの白鳥―郡上八幡で大渋滞・・・帰宅は12時近くだった。

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2008年8月12日 (火)

今年の夏山

Img_4476

Img_4500 Img_4507 お盆の前に、と思っていった山だったが、かなりの人出だった。

11時ごろからえらい雷と雹に会い、予定大幅変更。

ついつい癖でガッツなペースになり、無駄につかれて無駄なダメージをおってしまった。やはり必死に山走るのはレースとオリエンのときだけでいいや。

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2008年7月11日 (金)

チェコへ

9日の14時発のフィンエアーで関空発。燃油代高騰で海外旅行者今年は少なめ、といわれていたが、逆に詰め込まれて機内ほぼ満席。経済的で適当なフィンエアーらしく、食事も簡単はずれなし。凝ったもの作ってまずいより全然よし。映画上映も適当。10時間半でヘルシンキ到着。やはりセキュリティはきびしくて、乗り継ぎ時間50分のうち、ここで30分消費。ヘルシンキからプラハ行きの搭乗口にいくと、なんか見た顔がいる。と思ったらフィンランドチームご一行様だった。この時間からいけるなんて近い国はいいねえ。

プラハ空港には予定より少し遅れて2時間半で到着。現地時間は20時15分。オロモウツ行きの急行はプラハ本駅発21時24分だが、まにあうか?

乗客のうちでも自分とフィンチームが真っ先に荷物受取口のきわきわを陣取る。行動パターンが一緒だよ・・・しかしなかなか出てこない。時計をにらんで計算しまくる。幸運にも一番最初に転がり出たのは自分の荷物で、つかんでバス停にダッシュ。1分後に100番のエアポートエクスプレスバスが来てこれもラッキー。地下鉄のデヴィッカー駅とホレショビツェ駅しか止まらないので30分ぐらいでプラハ市内へ着く。

ホレショビツェ駅に着いたのは21時10分。ここからまた地下鉄で3つ先の本駅までいかないといけない。地下鉄のホームまでは改札からすぐで助かった。10秒後に行きたい方向の地下鉄も来た。1駅1分とカウントして5分?15分までに着けば9分の余裕。で6分で本駅前についてまたダッシュで階段上がる。案内板を見ると乗りたい電車は7番線ホームらしい。一番奥だよ~あと7分切った~続けてダッシュするが、遠い。ホームへ上がる階段を登ると、もう電車は止まってた。車掌さんに確認してから2等車に乗り込みコンパートメントに荷物放り込み、一息。間に合った~。列車は1分後に発車したのだった。

落ち着いて、水分一切もってないことに気がついた。

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2008年6月19日 (木)

いきてる水車

Pa0_0036 最近、通勤途中の田んぼ道で見られるのがこの水車。田植えの後の一時しかお目見えしない。水路から田んぼに水をくみ上げるという、シンプルかつ本来の目的を立派に果たしているバリバリ現役の水車である。鉄枠に木の板で作られていて、それぞれの板端に付けた粉ミルク缶が水をかい出すという、実用一点張りの造作。そのため取り付け取り外しも簡単そうだ。とある場所では等間隔にずらっとならんで回っている。水車なんて観光用しか見たことない人も多いだろうけど、この水車、あんなに立派なものでないところがなかなかにかっこいい。

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2008年6月 9日 (月)

わかやま電鉄のりました

かんさいパークOで和歌山へ。JRからわかやま電鉄に乗り換えたら、ちょうどおもちゃ電車だった。内装が木造でおしゃれ。つり革も積み木みたい。壁の一部分をガチャポンで占拠してあるのにはびっくりした。Pa0_0035

レース後に伊太祁曽駅から乗ったのはいちご電車。1日でふたつとも制覇できてラッキーだった。Pa0_0032

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2008年5月 7日 (水)

そうだ京都いこう

連休終盤は膝の痛みも考えて1日休養。部屋をかたづけていたがあまりはかどらず。最終日は京都へ。なんだか突然“仏”が見たくなったというか、寺の本堂みたいなでっかい空間に身を置きたいという欲求。電車内でメールしたら友人がひっかかった。偶然にも1人でぶらっとするつもりだったらしい。なんてラッキー。合流して三条から四条かいわいを2人でぶらぶらする。それでも仏がみたい自分は、一番手近な六波羅蜜寺へいこうと提案。しかしその途中トイレに行きたくなり、ちょうど建仁寺の境内だったのでそこにとびこんだ。学生時代もよくつっきっていたが、建物に入るのは初めて。参観者は多かったがだだ混みでもなかった。

ここにあるのは国宝の風神雷神図屏風。この寺所有とは初めて知った。とはいえ複製展示なのでちょっと見ただけで素通りする。あとは法堂の天井画。2002年制作なのでかなり新しいが、水墨画の巨大な双龍図を、床に座り込んで首が痛くなるまで眺めて、でっかい空間に身を置きたい欲求はかなり満たされた。枯山水庭園もひろくて開放的。鴬張りの廊下をきゅるきゅる歩いて楽しむ。

後はまた

河原町

に戻って、ぶらぶら散策しつつ三条まで歩き、そこで友人と別れた。やっと休日らしい休日だった。

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2008年5月 5日 (月)

根の上高原つつじまつり大会

連休後半のメインは4日のつつじまつり大会。根の上高原は、調べてみたら実に6年ぶりだった。毎年開催しているだけに敬遠しがちだったのかもしれん。

ということでこの山が微地形かつ藪かつ足元ちょー悪い!ということをすっかり忘れていて、80分近くもがっつり楽しんでしまった。なにより潅木の伐採が、ちょうどすねの高さで切り口を尖らして切っているので、疲れてうっかりよろめいたりとかするとめちゃめちゃ危険。そんなところも気をぬけない山だった。

それ以外では天候も快適だしつつじは満開だったし、地元の方のアンティークなカフェ出店でなごめたし、なかなか楽しかった。

にしても連休といって連日動きすぎたか、登りのときに左ひざに軽く痛み。ぼちぼち整体いかんと。

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2008年5月 3日 (土)

伊賀焼き祭へ

連休後半、3日は丸柱までサイクリング。当日は伊賀焼祭とかで、毎年人気らしい。伊賀上野から直登で諏訪越えコース、やはりだらだらときつかった。とはいえ先日の御斎峠越えよりはかなりましだった。2時間弱でたどりつくと、ちいさな集落の田舎道は大渋滞。バイクはゆるゆるとその脇をすりぬけて駐車場へ。別に買い物するつもりはなかったので、バイクが正解。駐車場からの坂道にそって出店のテントが並んでいる。そしてほんとにお祭りみたいな人出。一番有名な長谷園は、予想以上にいい感じで、明治建築を改装した喫茶室や現存の登り窯、母屋を開放した日本庭園のみえるお茶席なども年代を経た風情が本物。たしかにこれは客も来るわと納得。工場生産の市販品から作家さんの作品、便乗?のガラスや銅製食器の作家さんまで出店をつらねて大にぎわい。最近の流行なのか、パステルカラーの釉のものが目をひいた。ひやかしているうちについほしくなってしまう。いくら安くても土鍋をいくつも持って帰れないよ。夏の京都の清水焼市も相当にぎわうけど、日本人はやはり陶器類が好きなんだろうか。

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初夏の曽爾高原

連休前半の初日はバイクで遠乗り。家から太郎生経由で曽爾高原へ行ってみた。3桁国道に新しくできたトンネルをさけて比奈知ダムの西岸道路をたどる。八重桜の並木道になっていて、車もなくてかなり快適。ダムの先は昔からの道になって、細くなったり広くなったりを繰り返し、基本的にはだらだらとした登り。道沿いの川にはところどころ流れ橋がかかっている。周囲にそそりたつ山肌は、新緑と山桜でとてもきれいなパステルカラーだった。

2時間ばかりで太郎生に着き、そこから東海自然歩道にそって西へ急登、池の平まで一気登り。バイクでぎりぎりまでひっぱったが、最後は登山道が石畳と木段連続になったのでデポして足で登る。曽爾へ行くにはこっちは裏道なので、他の登山者はほとんど誰もいなかった。

針葉樹の斜面を30分ほどジグザグ登ると、いきなり明るくなって峠に出る。ススキで有名な草原だが、今の時期は草丈も低くて芝生状態。南と東の斜面がきりたっているので、夏のスキー場みたいな感じ。直滑降するとしたらかなりの上級コースだわ。

ここは地元小学生のキャンプ定番地で、子供のころは年に1回は来ていたはず。そういや何年ぶり?眼下にみえる少年自然の家も、あんなに立派だったっけ?しばし感慨にふけってから、もと来た道を帰る。001 002 

帰りはまたつぐみカフェによってしまった。最近隣に雑貨店もできたが、がさつに入ると物を壊しそう・・・

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2008年4月21日 (月)

ロッキーマウンテンで初乗り

新しくなったMTBで初乗り。りかちゃんつてで譲ってもらったフレームに、もとからの自分の部品を移してもらったのだ。(あじゃりの皆さんありがとう!)サイズがちょうど自分にあってたみたいでハンドルさばきが楽。最初はリアディレーラーの調整でちょっとがちゃがちゃしたが、走っているうちになんとか落ち着いた。翌日がハーフマラソンなので負荷は軽めに、とおもっていたのだがつい遠乗りしてしまい、太もも筋肉痛・・・やばいなあ。

2時間半ほど市内(ほとんど田んぼ道)をぐるぐるして、最後は近所の葡萄畑のちかくにあるお気に入りの喫茶店によっておやつ。玄関がきれいなので記念撮影してみた。

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そのうちバイク通勤するかな~。

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2008年3月20日 (木)

春の御在所岳

平日に、久しぶりに四日市へ。用事がすんで開放されたのは1時半。せっかく来てそのまま帰るにはあまりに天気がいい。行きしなに高速から見えた御在所岳に登るか、と思い立った。まだかなり白い雪が見えたが、きっといけるやろ、だめなら引き返すだけやし、と思って蒼滝駐車場までいく。車が一台止まっていた。平日でもやはり登山者はいるようだ。

とはいえこの日は化繊のスラックスにランニングシューズ、ユニクロダウンジャケットに手袋のみの、ものすごい軽装。しかも選択したのは裏道。稜線までずっと沢道なので一番雪が残っている可能性大、だったが、予想通り日向小屋からの道は真っ白。それでもかなり踏み固められていて、往来の多さがわかる。今日ついたばかりのような足跡も数人分あった。藤内小屋までは行こう、とおもいすべりやすい道を注意して登る。

藤内小屋には2時20分着。まだかなり日が高かったのと、ここまで来る道の状態から、下るほうが危険に感じた、のでさらに登ることにした。登ってしまえばロープウェイがあるし。

ところがここから雪の量が急に増え、しかも急斜面が続出、3歩に1歩は不意にすべるというような道のりになった。左方は急な沢なので、落ちるとマジ危険。登るにつれて傾斜も急になり、さらに日当たりがよくなると、半分解けてきた雪はもろくてひざまでずぼずぼうまる。途中で下ってくる登山者数名に会ったが、かなりの完全装備だった。それでは大変でしょう、といわれたが、本人もそのとおりやと思っている・・・最後の道のりは踏み出すたびに落とし穴状態だったが、何とか稜線に出た。ちょうど3時。尾根の向こうからスキー場のリフトの回る音が響いてきた。

稜線からは傾斜もゆるくなり、すべったとしても沢底まで落ちる危険はなくなった。10分すこしで山頂の遊歩道に出る。ちょっと命の危険まで感じながら登ったのがうそみたいな、整備された山頂。晴れた空に人気のないスキー場の雪景色はなかなかきれいだった。016 015

汗が冷えてきたので下山。90分で登った山をロープウェイは15分で下る。他に客はおらず貸切状態。真下を見てたらなかなかスリリングだった。すぐ横の中道はほとんど雪がない。やはりこちらをとおればよかったか・・・と思っているうちに下に到着。3時半には帰路についた。

春山初体験、ということになるのかな?教訓としては、雪をなめてはいかん、だった。

といっても、お手軽かつ本格的登山ができる、という点で御在所岳は好きだな。

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2008年2月27日 (水)

とれとれ榊原

1月半ばの日曜日、榊原温泉でとれとれがあったので参加した。強引にイベントにでもいかないとMTBに乗る機会がなかなかつくれない。

天気は午後から雨の予報、朝からそれらしげな曇り空で寒かった。山シャツ2枚も着込んでジャージも着る。下はタイツに夏用ジャージ。転倒時の外傷防止のために相当着ぶくれた。

使用地図は市販の国土地理院25千。この地図の読み加減は以前の経験から、かなりおおまかに読む、ラフコンパスで進む、というOLとはかなり勝手が違うことを考慮すれば問題なかった。ハンドコンパスも今回デビューとなったが結構使い勝手よし。

パワー不足に技術、練習不足なので、スタート時点からおいてかれて前半は1人旅。四季の里をぬけたあたりから何人かに追いつき、なんとか先にゴールした人々がまだ歓談しているうちにたどりつけた。枯葉でふかふかのシングルトラックをつないだコースはかなり面白かった。思いがけず高順位で、長谷園の伊賀焼をもらってしまう。地元民でも手が出せん高級品だわ。

レース後は会場の榊原グランドホテルのお風呂へ。525円だがタオル、石鹸、シャンプーなし。「ナイヤガラ風呂」が自慢らしい。館内はひろすぎて、往年の繁栄がしのばれるような派手で豪華な内装が、電気も点けていない暗い廊下のかげに裏寂れていた。

しかしさすがの大浴場、たしかに広い、めっちゃ湯気が濃い。視界10cm?!先が見えないせいでさらに広く感じる。正面に大きな浴槽がぼんやり見えたが、ナイヤガラ風呂って?奥から激しい水音がするのでそちらへ行ってみる。すると濃霧の奥から、茶色い花崗岩の岩壁がぼんやり現れた。所々から湯が流れ落ちていて、足下にたまっているので、これがそうか、と判断した。湯量が一定ではないのでどばっどばっ、という感じで落ちてくる。アマゾンの奥地を探検中に、熱帯雨林の霧の中からインカ帝国の遺跡が現れたみたいだ。「ナイヤガラ」ではなくて「インディ・ジョーンズ」風呂といったほうが似合うかもしれん。

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2008年2月25日 (月)

ぎりぎりセーフ?

あけて12月29日、キリマンジャロ登って下りるだけのアフリカ旅行はとうとう最終日。朝7時半にナマンガ行きの相乗りバスに乗り、めっちゃ順調にぶっ飛ばして10時に国境着。行きのときみたいに混んでもなくて、あっさり出入国。しかし、タンザニア側が順調すぎてか、ケニア側で乗り継ぐはずのバスが来ていない。2時間ほど待って、12時ごろにやっと来た。これぐらい待たされて普通だろう、とやっと旅行気分になった。なんかおかしい。

2007kilimanjaro_2_191 ←夏の富士山そっくりのメルー山

 

乗り継いだバスのドライバーは、恰幅のいい、ちょっと太ったモーガン・フリーマンみたいなおじいさんだった。温和な感じで、おくれてごめんね~とがははと笑ってくれる。しかし、ハンドルを握るとやはりアフリカンドライバーで、時速100kmぐらいで居眠り運転するし、かといって500m先に先行車を見るともうすでに追い越し車線にはいってるし(でも2車線しかないんです・・・)先行車も追い抜かれまいとスピードアップして意味のないカーチェイスが繰り広げられたり、その先に牛の群れが道をふさいでいたりするのだった。あまりに面白いのでかってに実況中継していたら、気分は「水曜どうでしょう」みたいだった。

乗ってしまえばバスは順調で、3時にケニア国際空港に到着。即刻手続きして出国する。とはいえ飛行機は5時半発。コーヒーショップで時間つぶし。トールサイズ1杯で140シリングほど。後日友人から聞いたところ、お昼外食しても30で足りる国で140は高すぎ、らしい。

ドバイまで5時間、またドバイで乗り継ぎ待ちして夜中2時50分に関空行きに搭乗、大阪に着いたのは翌30日の夕方5時だった。こうなると眠いも通り越してかえって変に元気だった。年末の大阪はさすがに冬の寒さ。そして帰宅してからニュースでケニア大統領選挙で暴動、と知ったのだった。ケニア国境でバスを待っていたとき、横でひまそうな役人が、候補者の写真の載った新聞を読んでいたが、あれはまだ結果が出ていない状況だったらしい。(さすがにスワヒリ語はわからん)自分が出国した後で空港行きの道路が暴動で封鎖されたりしたみたいだったので、実はほんとにぎりぎりセーフだったようだ。なんにせよ、その場で状況がつかめない、知りえないというのはほんとに恐ろしいと思う。しかもそういう状況は紙一重の差で遭遇したりしなかったりする。どこか行くたびに気をつけるようにしているのは、自分のアンテナをしっかり張って、いつでも周囲の状況を把握しておこうということだ。英語がどうとかいう問題よりも前に重要だと思う。(そら当然英語ぐらい、最低限聞き分けられるのが一番いいけど)

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2008年2月21日 (木)

ビールで乾杯

 アルーシャへ戻る車は、ホテル前の坂道をがんがん下る。5%はありそうな傾斜だ。そのうち着飾った人々がぞろぞろ歩いていたりするのを見るようになった。降りていく道沿いに教会があり、結婚式が何組もあるらしい。バンドを屋根に乗せた車もいるし、何より花嫁が、取り巻き連中と一緒に白いドレスで道路脇をてくてく歩いていたりする。道の左側が特に騒がしくなったと思ったら教会で、広い敷地はものすごい人出!車も渋滞をおこしかけている。いったい何組挙げるねん?とはいえあっという間に教会を通り過ぎ、車は下の集落についた。ここがマラングの集落という。商店が建ち並んで、かなりの人で賑わっている。ちょっとネパールの街道沿いみたいな感じがする。道の分岐でガイドたち2人を下ろす。彼らは上機嫌で、また来てね~と言ってくれた。こちらも礼を言って別れた。(2回来るかはかなり疑問だなああ)

まだまだしばらく坂道は続き、ヒモの町までおりて幹線道路にぶつかった。交差点を西へ、あとはひたすらまっすぐ進めばアルーシャ。2時間半ぐらいかかる。ドライバーのにいちゃんがカーラジオを点けた。大音量で流れ始めたラジオは、DJ5分に1回「ジャンボ!サッサ!タア~ンザニアロックヒッツベストテ~ン!」と叫び、ペプシとコカコーラのCMがじゃかじゃか流れ、全然タンザニアの最新ロックヒッツの曲目はわからないのだった。

そんな調子で走り続けてサバンナを越え、メルー山が見え、コーヒー農園や田んぼを通り過ぎ、アルーシャの市街地に入った。中心街を突き抜けて、行きに昼食を取ったインパラホテルへ到着。今日の宿はここだが、今回の旅の中で一番グレードの高いホテルらしい。1階のフロントは高級木材を使ったインテリア、玄関から奥のプール付き庭園まで吹き抜け。柱のようなマコンデ彫刻がそこここに置かれているし、椰子やら芋やらわさわさ生い茂っている。玄関前ロータリーに真っ黒ぴかぴかのハリアーが停めてあった。これも飾りか?部屋はひろくて立派だったが、ホテルの裏側を向いていて、狭い窓から西日がさしていた。非常階段にはめちゃ近い。窓を開けると、ほんとに裏窓の風景で、建て込んだビル群の屋上が見渡せる。これはこれで面白い。どこか近くから音楽がきこえてくるが、ここまで響くというのはかなりの大音量だ。

実に6日ぶりにシャワーを浴びる。登山で一番つらいのはこれだな。薄暗いバスルームではどこまで洗えたかよくわからんが、とにかくさっぱり~。

夕食は料金についていて、コンチネンタル、イタリアン、中華、インドと4つあるレストランを選んで食べ放題だとか。一番豪華なシチュエーションだったイタリアンにする。プールのある庭に面した半分がベランダ席。プールサイドにカウンターがあり、庭全体がホテルバーという形になっている。

登頂を祝って祝杯。タンザニアにはキリマンジャロビールという銘柄があるのだ。昔はドイツの植民地だったということもあり、そのせいかほんまにうまかった。

たのんだスパゲティはかなりのボリューム。京都の「マダン」並じゃ~?。味は結構おいしかった。というか日本で食べてるのと変わりなかった。これって結構すごいことかもしれん。

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2008年2月18日 (月)

下山(ホロンボハット~マラングゲート:6日目)

28日の朝、快晴。下界は雲海。740分にホロンボハットを出る。基本的に来た道をもどるだけ。尾根の上でキボ峰に最後の一瞥、あとはだらだら道をどんどん下る。沢を7本越えると休憩ポイントの尾根。一気に下って、ポッドキャプスの丘をまき、森林地帯へ近づいていく。足の速いポーターたちは頻繁に行き来していて、今日も登山客は多い。車いすを運んでくるポーターを見て、?と思っていたら、手動の4輪車で登ってくる欧米人のおっさんに出くわした。かなり恰幅のいい人でめちゃくちゃ元気そう。4輪車は道幅いっぱい占領しているし、周囲は人だかりでいやでも目立つ。ポーターも人より倍は必要だろう。まあこの道ならキボハットまでは確実に登れるもんな。

2007kilimanjaro_2_167 そのうち木立が現れ、森林限界とはおわかれ。マウェンジ峰も見えなくなり、マウンディクレーター横の湿原をまいて、マンダラハットには10時20分頃についた。

サブガイドがやたら急がせるので、5分休憩しただけですぐ出発する。森林地帯のジグザグとした道を下っていく。ポーター道との分岐までで約50分、その後は傾斜がほとんどない熱帯林の中を歩いていく。初日にお昼を食べた休憩場所の橋で、日本人のおじさん1名にあう。どうでしたか、と聞かれて情報交換タイム。いままでサブガイド同士はしょっちゅうこんなことをして立ち止まっていたが、今度はこっちの番だ。その後若いカップル1組ともすれ違った。頭に手ぬぐい巻いてると日本人だなあとすぐわかる。農道を横切るところまでくると、韓国人の団体に会った。この団体さん、個々のバックパックにハングルの書かれた赤色の布製ゼッケンみたいなものをでかでかと着けているのでとってもわかりやすかった。(ちょっとださださ)

大きな滝壺を左にみて橋を渡り、民家もちらほら見えてきた頃、がきんちょどもがわいわいお出迎えしてくれた。タンザニアの小旗やカメレオンを手に、「フォトフォト!」とかいって小遣いをねだってくる。適当にあしらって、そこから5分でマラングゲートについた。12時38分。登りは2日かかった行程を4時間半強で降りてきた。まずは無事に登山終了だ。

 入山手続きをした窓口で、今度は下山報告をする。また電話帳みたいな分厚いノートにサインする。ここまで降りてくると、やっぱり初夏の空気。季節感が狂うわ。手続き終了すると、途中で下山してしまったガイドが来ていて、登頂おめでとう、とか言ってくれた。そっちの事情を聞くと娘が腕の骨を折る大怪我をしたとかで、入院先のモシの病院から来たという。それは大変やわ。ということで途中で帰ったのもしゃーないか。

ゲートの広場は、これから登り始める登山客と、準備中のガイドやポーターたちで賑わっている。行きとはえらい違いだ。今がハイシーズン開始、といったところか。ここでも日本人グループを見かけた。とはいえ全体でも数えるほどしか見当たらなかった。やはりここまでくるのはそれなりの準備をしてくる人々だけなんだろう。

ポーターが運んでくれた荷物をひろい、すでに待機中の車に乗り込む。これもツアーで予約済みの車で、ドライバーはアルーシャから来た都会風のこざっぱりした若者。まずは下のホテルまでいく。今日これからの日程はそのホテルで昼食、その後アルーシャまで移動して1泊。ホテルのトイレで、久々の水洗式に感動してしまう。石鹸で手を洗ったら黒い泡がいっぱいたった。ロビーの応接セットで、ガイドが登頂証明書の紙にサインして渡してくれた。A3サイズの表彰状みたいな体裁をしている。ウフルピークまで行けたら金縁、ギルマンズポイントまでなら青縁らしい。実際にいっしょに登った(登頂証明できる)のはサブガイドなんだが、サインできるのは資格持ちのガイドだけなんだろう。

重要なのはここからで、それぞれにチップをわたさねばならない。最初は7人と言われていたのだが、ここにいるのはガイド、サブガイドとポーター2名の4名だけ。もう一人のポーターとコックは?と聞くが、事情があってこの場にいないという。ポーターだって最初に顔をあわしていないので本人か?とも思えてしまう。チップはグループで出しあってすでに小分けにしてあったので7人分全部渡したが、本当のところはちょっと疑問だ。とかいっても渡してしまったらもうしゃーないな~・・・・・

その後はレストランで貸し切りランチタイム。来るたび自分たちしかいないこのホテルは儲かっているのだろうか?

 昼食後、外に出ると日本人男性が1名、付き添いと降りてきた。ホロンボで出会った団体の脱落者らしい。3700mで高山病がひどくなって下山してきたそうだ。残念そうにしていた彼は、他のメンバーが下山してくるまでここでずっと待っていなくてはいけない。このホテル、そういう人のためにもあるのか・・・

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2008年2月15日 (金)

下山(キボハット~ホロンボハット:5日目)

キボハットに帰り着いて、すぐ着替えるが寒い。アミノバイタル粉(青)をホットのスポドリで流し込む。ちょーまずいが薬みたいなもんだ。軽く食事をとるが全然体が温まらない。外へ出て日光にあたるが、空気は冷たいので結局プラマイゼロか?それでもしばらく休むとちょっとはましになった。10時前に荷物をまとめ、キボハットから下山。この日はまたホロンボハットまでおりてそこで泊。

 砂漠の中の道をゆっくり歩いていると、疲れているけど登頂できた達成感でなかなか気持ちいい。グループの中に日本人のおじさんがいて、相当うれしかったのかやたらにハイになっていた。あとはもう杖付いて歩いてるだけでいいし、気分は水戸黄門だとか。ほな他の人々は(自分も含めて)かくさんすけさんその他ご一行、悪代官はサブガイドを殴ったキボハットの小屋番か?タンザニアまで諸国漫遊するとは思わんかったな・・・しかしご隠居、キリマンジャロとはまあひろびろとしたところですなあ~

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来た道をそのまま戻るだけだが、レッドヒルの手前から天気雨になり、サドルを回り込んだ頃には横殴りの雨になった。さすがに疲れているのできつかった。ずんずん下って2時間半でホロンボハット着。まだ12時半だ。ここはもうすっかりおなじみ、という感じだが、この日は本格的な年末休暇シーズンに入ったせいで客が増え、山小屋はフル稼働。相部屋にぎゅうづめになった。日本人もたくさんみかけるようになった。団体さんが登ってきたらしい。夕食まで寝て体力回復。睡眠は万病に効くかも、と実感。

食堂もぎゅうぎゅうで、始終ぎしぎしどたばた。食事時は登山客と給仕人とが入り乱れて大変な状態になった。日本人団体のツアコンがいちいち声を張り上げて説明している。言葉がわかるせいもあるのか、会話が耳についてやたらうるさい。半数以上が中高年女性のようだ。

 夕食がすんで外に出ると、ちょうど夕暮れ。かなり見慣れてしまったキボ峰だが、さっきまであのへんにいたのか?と思うと不思議だ。下界を見ると相当の数の灯が輝いている。ちょっとびっくりするぐらい都会的な夜景だった。きけばあのへんはモシの町だという。寒いので小屋にかえってまたすぐ寝る。明日で登山は終了だ。

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2008年2月13日 (水)

下山(ウフルピークからキボハット:5日目)

下りはじめてしばらくすると、正面の東の空が明るくなってきた。雲海の上の方が朱く染められていく。だんだんと周囲の輪郭がはっきりしてきた。この、日が昇る前の短い時間帯がいちばん好きだ。パウダースノーの稜線をさくさく下っていくとうそみたいに体調が楽になるのが不思議。しばらくライトを点けて歩いていたが、そのうち不要なぐらい周囲が明るくなってきた。ライトを消し、ちょうど南側斜面の氷河がほんのり朱く朝焼けを映し出したので写真休憩。火口側のディティールもよくわかるようになってきた。広大で壮大で、思わずほーっと息を吐くほど美しい。頭痛がしなければもっと余裕で鑑賞できるのにもったいない。

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そして雲海のラインから、朝日が昇ってきた。これから山頂を目指す登山者と数多くすれ違い始める。いままでなら向こうから声をかけてくるところが、誰も皆押黙って下を向いて歩いてくる。ほとんどが高山病の頭痛だろう。

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山頂から48分でギルマンズポイントまで戻ると、すでに直射日光が厳しくなっていた。人が多かったのですぐ下り始めるが、やはりかなりの急勾配だった。岩場をすぎると砂走りになったが、こういうところは登るよりも下るほうがむずかしい。スキー場の上級コースみたいな傾斜だ。雪ではなくて砂のゲレンデだが。

途中落石があり、上からサッカーボールほどの石が転がってきた。あわてて避けたが、ガイドたちはそれを追いかけるようにして、両足キャッチ。落石と同時に2人とも躊躇なく動き出したので、そうするように厳しく決まっているのだろう。まるでサッカーの技を見るように鮮やかなものだった。しばらくはていねいに道をジグザグ下っていたガイドたちだが、いきなり真っ直ぐ降りだした。見ればどこを通るのも好き勝手なのか砂の上に何本もラインが付いている。まねしてそっちをたどってみる。たしかに速いし砂が柔らかいので膝への負担も少ない。一気にスピードアップする。途中で一回すべって尻餅ついた。ついでに写真も撮る。まだ眼下に見えるマウェンジ峰。足下を雲が流れていく。日差しがきつくて、コントラストがはっきりしているので印象がちがう。1時間ぐらいかかって、岩の陰についたときには膝かっくん寸前。大体ここで5000m地点だという。やっと日焼け止めを塗る。すでに遅し、かなり焼けてしまった。高地の日差しをなめてはいかんかった。

ガイドたちはのんびり休んでいるが、眼下にキボの小屋の屋根も見えるし、後はマイペースで、ということで一人で先に行く。ここで5000m、ということはあと300m下れば小屋だ。目側では近いように思えたが、下っても下っても近づかない。後ろからサブガイドが追いついてきた。ぽつぽつしゃべりながら一緒にあるく。

休んだ岩からキボハットまでは結局2回ほど沢を乗り換えて降りていく。約40分でキボハットへ到着。日差しのせいもあってお昼かと一瞬思ったが、時計を見ると7時半だ。めっちゃ朝やん・・・。登頂には6時間かかったが、下りは2時間30分だった。

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2008年2月 7日 (木)

山頂アタックその2(ギルマンズポイント~ウフルピーク)

ギルマンズポイントから、火口をのぞき込む。今立っている地点は横幅のない細い岩稜で、すぐ足下から真直ぐに崖が切れ落ちている。月明かりに照らされた広大な雪原が眼下に拡がっているが、それが火口部だ。月のせいで闇は薄墨色、雪は見つめるともやもやと奥暗いような、不思議な銀鼠色に輝いている。火口の周縁はここから見て正面と右手が崩れてしまっていて、きれいな円形を描いてはいない。正面の、その崩れた向こうに星が見える。右手は白っぽい崖のピーク、これは氷河だろう。左手は長い岩稜があり、月明かりに真っ黒な影になっていた。どうもそちらがウフルピークらしい。すでに誰かいるのか、ピークに灯りが見える?目をこらすと、山頂の稜線ぎりぎりに星がかかっているのだった。

ギルマンズポイントの南側に大きな岩があるのだが、ガイドはそれにむかって右手、火口側へ回り込んでいく。落ちるよ?と思ったが、岩崖の下を縫うように道がついているのだった。火口側の斜面を小刻みにアップダウンしながらウフルピークへ向かって続いている。さっきまでの激斜面一気登りに比べてずっと平坦だが、道幅5番ぐらいで右手はすぐ雪の急斜面、滑って踏み外したら火口まで一気に落ちるだろう。これを20分ほどたどると、道は尾根上に出た。視界が開けて火口の外側が見える。やや左斜めに大きな白い崖が見えるが、あれ氷河?道は広くなった尾根の上をだらだらと登っていく様になった。傾斜はとてもゆるいのに、ますます息は苦しくなっていく。もう100mダッシュ状態の過呼吸で、でもめちゃめちゃゆっくり、一定のリズムは崩さないように歩く。ウフルピークの手前に1つピークがあって、がんばって登ったのにまだ先にピークを見てがっかり。すでに到着したグループのライトが動いているのが見える。目測20分はあるな~・・・この最後のアップダウンでいきなり高山病が進行したのか、まるで頭と肺だけが風邪をひいたみたいになってきた。

山頂付近までくると、尾根はだだっぴろくなり、端の方にぽつんと大きな看板が立っている。あれが三角点だ。このへんは岩がごろごろしてきてかなり歩きにくいが、とにかくペースをあげて看板にタッチ。キリマンジャロの最高峰ウフルピーク、5985m。やっと到着~。結構いっぱいっぱいだ。ギルマンズポイントから1時間24分かかっていた。時刻は27日の5j時45分。周囲はまだ暗く、日の出まではしばらくあるが、とにかくやたらしんどくていてもたってもいられないので写真撮ったら即下山開始。登頂の余韻を楽しむ、ような暇もない。1秒でもこんなところにいたくない、とおもった山頂は初めてだ。2007kilimanjaro_2_128_2

 ←お疲れ様のサブガイドくんと記念撮影。

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2008年2月 6日 (水)

山頂アタックその1(4日目~5日目)

キボハットの山小屋から外へ出ると、確かに地面は粉砂糖をまいたように白くなっていた。しかしその程度で積もってはいない。山小屋付近が雲に覆われていたので、周囲は暗く、凍った水蒸気がはらはらと体にあたる。しかし上空は晴れているようだ。26日23時38分、他の登山者に先駆けてアタック開始。今までと違い、先頭のサブガイドについていく形だ。昼に下見した沢道を、かなりゆっくりと登っていく。着込んだせいで動き出すとすぐ汗をかいたが、ペースがゆっくり過ぎるので慣れると冷えてきた。本気でやばい、と今回はじめて感じ、グループに待ったをかけてタートルマフラーと靴用カイロを装着。マフラーでずいぶん暖かくなった。やはり首の保温は重要ポイントだ。40分も登った頃、大きな岩の下につき、ここで少し休憩。岩から道は右へ巻いて沢を乗りかえる。沢は砂地でざらざらとして、やわらかくで崩れやすい感じになってきた。登山道はその沢の中をジグザグにつづら折れになっている。直登している道もあるが、サブガイドはわかっていてそちらを通りはしないようだ。足元を安定させるのが難しいが、一呼吸で1歩、のリズムでゆっくり歩く。そのうち雲が晴れてきた。見上げると、ほとんど真上に稜線の縁が見え、その真っ黒な輪郭にオリオン座が半分隠れていた。まるであの星に向かって登っているようだ。下を見ると、かすかに小屋の明かりが見え、そしてそれより近くに動いているライトも見える。後発の登山者だ。後ろからのライトはどんどん差をつめてきて、2時間ばかりして自分たちを追い抜いていった。ドイツ人の3人組男性グループだ。そりゃ強いわ。

暗闇の中、富士山8合目みたいな登り。単調で、筋肉的にはほとんど疲れないのだが、始終頭痛を感じながらではなかなつらい。公称では5時間これが続くのだというから、忍耐あるのみ。時々上を見あげるが、全然近くなったような気がしないし、時計見てもまだ2時間半しかたってない。そうとわかってかなりがっかりした。いや、もう5分の2以上もきたぞ、と自分を励ます。みな最初のほうは会話もしていたが、だんだん寡黙になり、黙々となり、ひたすらゆっくり足を踏み出すのみ。なんだか視界がかすんできた。また雲でもかかってきたのかとおもうがそうでもない。そのうち足元がよろける回数が増えてきた。これはなんか変だ。そしていきなりかるい吐き気。頭痛はなんとか我慢できるが、吐き気はちょっと耐えられん感じだ。やはり高山病の症状か。身体の基本は呼吸だよな、と思い出し、大きくゆっくり呼吸してみる。すると吐き気は消えた。やはり酸欠だったか。しばらく大きくゆっくり呼吸する。するとうそみたいに頭もはっきりして足元もふらつかなくなった。人間飲まず食わずでもしばらく我慢できるが、呼吸しなかったら数分で死ぬもんな。呼吸って偉大だ。

しばらくはそれで持っていたが、そのうち間に合わなくなってきた。大きくゆっくり、から速くはげしく、に呼吸を変えてみる。動きはゆっくり、でも呼吸はマラソン最中みたいに。するとまたかなり楽になり、頭痛まで軽くなった。ということでその後はわざとはげしくゼハゼハ呼吸で通していくことにした。これでかなり快調。

4時間を過ぎた頃、道が砂地から岩がちになり、傾斜がゆるくなってきた。こうなるともう火口は近いのではないかな、と思っていたらそのとおりで、まず上のほうから先行の人々の声が聞こえ、ライトがちらちらしているのが見えた。そのまましばらく岩場の道をじぐざぐ登っていくと、前触れも無く壁のような斜面がなくなり、いきなり火口の縁だった。ライトの先に「ギルマンズポイント」と黄色いペンキで書かれた看板。あれ着いたか。といった感じだった。キボハットを出てからちょうど4時間半で到着したことになる。公称タイムより速いやん。

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2008年2月 4日 (月)

キボハットにて(ごたごた)

キボハットにて宿泊手続き。ところが予約が通ってなかったといわれ、ベッドをなかなかあてがわれない。とうとう出た旅のトラブル!いままでスムーズすぎたのがぶきみやっちゅうねん。とにかく金は払ってるもんね。と強引に要求して待つことに。ここは宿泊棟は1つだけ、3つある部屋はすべて大部屋である。とにかくお茶とおやつは出てきた。先についていたドイツ人たちも食卓についていたが、どうも皆頭痛やら吐き気やらで体調が悪そうだ。1人のガイドが「みんな頭痛してるから大丈夫!」なんていうので皆笑っていた。

 結局2回もベッドが変わってなかなか落ち着けなかった。自分たちのガイドが昨日の時点で家族の急用で下山してしまっていて、ついてきてくれたのはサブガイドだけ。予約の事で小競り合いのけんかまでしたようで、サブガイドくんご災難なり。しかしまあ、こんなんで山頂アタックできるんかいな?という事態になってしまった。ガイド本人がいればそんなにトラブルこともなかったのではないか?とも思える。だいたいガイドなしでも登れるよ。とはなから思っているので割と冷静。すでに他の登山者は横になっている。高度順応のため自分一人また外へ。小屋からすぐ、キボ峰の急斜面が目の前にそそり立っている。がれがれの砂礫の斜面。富士山八合目、てかんじだ。見上げた目測では3時間、といったところだが、看板では5時間かかるらしい。小屋の北側の沢から、登山道が延びているのが見える。しかし、なんで今から登れないのかね~と疑問。山頂でご来光なんてほんとにどーでもいいので今から登りたいわ。

 ここへ来て、軽いけど始終頭痛を感じるようになった。すこしでもしゃがむとがーんっとくるので不用意にトイレにいくのは危険だ。

山小屋に戻るとなんとかトラブルは収まり、ベッドも確保したし、アタック時点でガイド(サブだが)も同行することになったという話をきく。自分もちょっと寝ておこうと横になるが、頭を水平にすると頭痛がはげしい。まくらをするとましになった。もっとも高山ではひざかかえの姿勢で寝るのがベストだそうだが。ちょっとうたた寝したかな?というぐらいで夕食。とにかく寒い。夕食はスパゲッティ。油っぽいソースはさけて麺だけ食べておく。隣のグループも同じメニューで、ここはコック兼用かも。

 あとは寝袋にもぐりこむしかなかった。しかし頭痛、そして同じ小屋内でこの日の夕方に下山してきたグループがハイテンションに騒いでうるさい。しかもこちらがちょっと寝かけたときの一言がきいた。「雪がふってきたわー!すてきー!」(注:英語)ああ、目が覚めるような発言だ。

うわー、やめてくれ・・・とおもいながらも目をつぶっていたのは、これから登頂する誰しもだったろう・・・

トイレに行くのが億劫だったのでつい水分を取らずにいたら、脱水症状で目が覚める。やはり高地では勝手に水分が失われていくらしい。寝ていられず10時半ごろから準備開始。11時前にサブガイドが起こしに来た。

パスポートと貴重品は絶対持っていけ、とこれまでになく真剣に言うので有り金その他の貴重品は全部身につける。そして今までで最高の防寒対策のいでたち。下はゼロポイント下着、CWXタイツ、山用ズボン、レインコート下、厚手靴下。上は長袖ゼロポイント下着、モンベル薄手フリースに厚手フリース、ノースフェイスの山用ゴアジャケット、ブレスサーモの毛糸帽子、フリースのタートルマフラー。上はぱんぱんになってしまい、ユニクロのダウンとレインコート上はリュックに入れた。

紅茶とビスケットの夜食をとり、魔法瓶にお湯をもらってスポーツドリンクを溶かす。アタック用に買ったのはメダリストのシトリックアミノ500(高級品である)

時刻は26日の23時30分、さていよいよ山頂アタックである。

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2008年2月 2日 (土)

ホロンボハット~キボハット(4700m)まで(4日目)

4日目の今日はホロンボハット(3700m)からキボハット(4700m)まで行き、深夜から山頂アタック。

朝起きると、昨日はなんともなかったのに軽く頭痛がしていた。とうとう高山病の症状がでたのかもしれない。でも動き出すと消えた。8時頃出発。分岐は左のローワールートを取り、昨日下ったところをゆっくり登る。途中2回ほど沢を横切る。2本目の沢の上方を見ると、小さくゼブラロックがみえた。南方からすこし雲が湧いているが、雨の気配はない。ゆるいカーブをじぐざぐ登り、1時間ほどでサーキットルート、いわゆる御中道との分岐だ。サーキットルートはあまりふまれていない様子で、湿地の中に途切れがちに続いていた。この辺まで登ると大鞍部が見えてくる。道も広くなって石もなくなり歩きやすくなる。ゼブラロックへぬける小径の分岐を過ぎ、あとはほとんど平坦な道がつづく。小トトロの耳みたいな岩をすぎたら、ラストウォーターの看板のある沢についた。沢のむこうにベンチとトイレがある。ホロンボからだいたい1時間半。

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ラストウォーターの沢の上方、両側にピークが見え、それぞれウェストラヴァヒル、イーストラヴァヒルという。雲がきれてキボ峰の全貌が見えてきた。雪を頂いた灰色の山塊が、茶色いゆるやかな鞍部からいきなり突き出ている。あまりにでかいのと遠いのとで、今からあそこ登るのかと思うとなぜか笑えてくる。

ラストウォーターから道は大きな尾根に向かっていく。少し急な登りになるが、30分ほど。尾根上に看板があり、マウェンジリッジとあった。ここに立つと景色が一変する。今までは高山植物がまばらに生える岩石地帯を全体に上を見上げて緩やかにのぼっていたのが、ここから大鞍部の砂漠になる。見渡すかぎり赤茶色の砂漠で、植物は探さないと見つからないぐらいまばらだ。キク科のムギワラギクのようなものか、ハハコグサが地べたにはうように生えている。ガイドはどちらもエヴァラスティングフラワーとよんでいたが。右手上方には丸い丘がぽっこりひとつ、地図にはレッドミドルヒルとある。たしかに赤い丘だ。道はその麓の左手を、ゆるやかに登りながらキボの方向に伸びている。2車線道路ぐらいに広くなった道を歩いていく人々が小さく見えるが、これは目測5km先?ぐらいまで見通せているのだろうか。尾根を下ってさらに進む。本当になんにもない。

2007kilimanjaro_2_106 ゆーっくり45分ほど歩くと道は赤い丘を巻き込むように右に曲がり、曲がったところに看板とトイレが2つ現れた。「ザ サドル」とある。壮大なキボ峰のがれがれの斜面をバックに、ぽつんと看板、なぜか一定の距離をおいて向こうの方にぽつんぽつんとトイレ。この距離がびみょーで間抜けだ。

サドルから、道は赤い丘の西側を巻いて、鞍部の最上部にむかって北上していく。弓形にそった鞍部の稜線が美しい。そのライン上を何か動いている、とおもったら、下山してくる登山者だった。ずーっと見ていると、砂粒ほどの影がだんだんと人の形になっていく。道の西側(キボ峰側)にはまだ3つほど小山が並んでいて、トリプレッツと地図には書いてある。眺めてもピークは2つしかみえなかった。2007kilimanjaro_2_107 2007kilimanjaro_2_109

鞍部を登りつめると、そこもまた広大な砂漠。砂の色が少し灰色になった。道は西を向いて、キボ峰のきわまでまっすぐ伸びている。途中におおきな岩があり、休憩場所になっていた。ベンチにトイレも完備。ほんとに整備されているなあ。サドルからここまで45分ほど。気がつかない程度だが、全体にゆるやかに登っているので結構かかった。時計を見ると11時半だった。ここでお昼にする。見上げると山際の岩の上に、もうキボハットの屋根が見えている。

しかしすでに標高4500mあたり、キボハットまでは1,2km、しかも見えているのにたどり着かない。だらだらと歩いて1時間後、やっとキボハットに到着。日が照ってきてひりひりするが、風がきついし気温も低い。時計を見ると1320分だった。正味4時間40分で到着。2007kilimanjaro_2_114

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2008年1月31日 (木)

ゼブラロックへ高度順応(3日目)

ゆっくり8時に朝食、9時に出発。高度順応のため今日は4000m付近のゼブラロックまで往復の行程。すでに自分は一人で行ってしまっていたが。おやつとお湯とレインコートだけもって出る。背後から雲が立ち上っているが、行く手の方向は晴天、昨日と違ってマウェンジ峰がくっきり見える。グループの歩調に合わせて登り、1時間ほどでゼブラロックに到着。岩の横はすこし広場になっていて、ケルンが林立している。雲がどんどん上がってきて、雨が降りそうな気配になり、レインコートの上をはおる。

ゼブラロックは、その名のとおりシマウマ模様の岩崖で、ホロンボハットからマウェンジ峰へ向かう道の途中、4000m付近にある。なんでシマウマ模様?とおもうが、すぐそばまで近づいてみると、白い岩肌にあちこちから水が流れ落ちていて、そこが黒くみえるからなのだった。

あるものをリュックにつけてきたのを思い出したので、記念撮影。 2007kilimanjaro_2_074こいつも初のアフリカ旅行なのだった。

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ここで引き返しても面白くないので、もうちょっといきたい、というと、ガイドはゼブラロックの下側の斜面からまくようにして、岩崖の上の尾根に登りだした。道はあるが、ほとんど踏跡程度だ。地図にものってない。尾根上に出ると、キボ峰方面が一望できた。キボ峰には雲がかかっていたが、その手前の大きな鞍部の茶色い砂地が見え、雲の影と、ところどころ日が差しているのが見える。まさに壮大な眺め。ホロンボハット付近で左へ分岐したローワールートが見える。そこへのって帰るとのこと。2007kilimanjaro_2_085

下りだしたとたん、ばらばらっと降ってきた。えらい痛いのでびっくりしたが、雹だった。シリカゲルみたいなまん丸の半透明。レインコート下を着る余裕もなく急ぎ足でくだるはめになった。そのうち雹の粒がタピオカぐらいにでかくなってきた。道はすでにタピオカの川状態。昨日なら20分も下れば到着したのに、道が違うので予測がつかない。しかも下るにつれて路面状態がどんどん悪くなり、大きめの岩がごろごろする道になってきた。石と泥とタピオカが混ざりあった濁流の中を必死でくだる。

結局30分ほどかかって小屋にたどり着く。すぐ着替えるが、登山用ズボンは着ていた一枚しかない。そして火の気はまったくない。暖める手段は自分の体温のみ、という状況。なんとかして乾かさないと結構やばい状況。と荷物の中にセームを入れてきたのを思い出し、これでひたすら吸い取って乾かす。冷えた昼食をとり、ひたすら吸い取っては絞る、の繰り返し。雪で真っ白だったハット周辺も、3時ごろに日が差しはじめるとすぐにとけてしまい、夕方には地面が乾いてしまった。やはり赤道直下は暖かいのだ。

いきなりのホワイトクリスマスだったが、こんな状況下ではまったくもってうれしくなかった。

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2008年1月28日 (月)

ホロンボハット(3700m)周辺

 ホロンボハットは標高3700m、やや広い尾根上に、マンダラハットと同じデザインの山小屋が林立している。ここはエリアの一番下に食堂がある。この山小屋は登山者と下山者とが宿泊する合流地点なので賑わっている。

 13時半について、おやつを食べおわっても2時。ちょーひま。ついたとたんにすこし雨がふり出したが、それもやんだので少し登って高度順応することにした。やっと一人でマイペースで歩けるのがうれしい。ホロンボハットから道はまっすぐ登っている。いままでと変わって石がごろごろした歩きにくい道だ。20mもいかないうちに分岐にでた。右はそのまま尾根をのぼっていくマウェンジルート、左はやや緩やかにコンタリングぎみのロウワールート、とある。右手の道をいってみる。

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周囲はガスっていて視界がきかない。右手が広がって湿地帯になり、ジャイアントセネシオがにょきにょき生えている。キリマンジャロの固有植物で、巨大なサボテンかソテツみたいな、奇妙な形をしている。イメージでいうならムーミン童話に出てくるニョロニョロのでかくなったやつ。うっかりよそ見をしていたら勝手に動いてそう。実際はキク科だが、そうと信じられないぐらい変だ。霧の中からぼんやりとしたシルエットで浮き上がってくるとびっくりする。そのうち尾根をひとつ越えて、左手が湿地帯になり、ラストウォーターの看板を見る。大体30分ぐらいたったなあ、と思ったあたりから霧が晴れ始めた。一気に景色が変わっていく。右手の湿地の沢の向こうはガレた尾根になっていて、ところどころ岩崖になっている。上のほうへ視線をむけるとひときわ大きな崖が見え、岩肌が縞模様になっていた。どうやらゼブラロックまで来てしまっていたのだ。明日の高度順応で、ここまでくる予定だったのだが、フライングだわ。

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帰りは20分でホロンボへ戻る。戻っても暇なので、ハットの周辺をうろうろ。ハットのある尾根の下のほうは細くなって岩崖になっている。その端っこのほうまで行ってみた。切り立っていて絶景。はるか山すそのモシの町まで見える。崖下に巨大なごみ用の丸い穴が2つ。井戸のふたみたいな覆いがしてあった。登山客は相当多いし、ごみ処理はどうしているのだろう、とは思わんでもない。

こんなにうろついているのは自分ぐらいらしく、どうもかなり目立っていたのか、見渡すとガイドが声をかけてきた。彼の立っている台所の小屋へ行ってみる。床下まで屋根がのびた正三角形の宿泊用とは違って、切妻屋根で壁がある。OKというのでのぞき込むが、前後に出入り口があるだけで窓がなく薄暗い。細いテーブルが4つほどでいっぱいの土間。コックが出口のすぐ横にゴトク付きガスボンベをおいて、取手のないアルミ鍋で煮物を作っている。今日はカボチャスープだよ、といいいつつ、かき混ぜているお玉から手を離すと、そのまま立っている。えらい濃いなあそれ。細いテーブルには食料が山盛り。バナナや野菜や肉類がごたごたに山盛りになっている。奥に2名ほど働いているが暗くて顔も見えない。こんな薄暗くて包丁とか危なくないのだろうか、水場もすぐ近くにはないし。結構不便なところで作ってくれているのだ。考えてみれば毎食肉類が出てくるし、衛生管理も大変である。自分的にはOKだったが普通の日本人なんかはかなりいやがるかも。写真撮っていい?ときくとOKだったので記録撮影。2007kilimanjaro_2_046 2007kilimanjaro_2_047 2007kilimanjaro_2_059

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2008年1月23日 (水)

マンダラハット~ホロンボハット(2日目)

6時ごろから起きだす。7:40出発。雲ひとつない晴天。昨日マウンディクレーターへ歩いた道をたどり、クレーターへの分岐をそのまま北上する。森林はまばらになって、ところどころ草原になる。そして正面にマウェンジ峰が見える最初の地点から道は左へ曲がって少し急なのぼり。右手にゆるい尾根、左手はひらけて草原になる。右カーブのち、また針葉樹林にはいって少し上り。だんだん森林限界も近くなってくるのがわかる。林が開けるとやや右前方にマウェンジ峰がそびえてくる。そのあたりが森林限界。しばらく平坦な道になり、右手のピークに向かって道は緩やかに左へのびていく。地図を見るとポッドキャプスの丘という、3つほどピークの並んだ尾根筋になっている。反対側の左手やや下方にぽこっと出ているピークはキフィニカという。火山らしく真ん中がへこんでいる。一面緑色の草地に覆われていて、阿蘇の米塚ににている。登山道がポッドキャプスの丘の尾根のへりを巻く地点に、マシューポイントという名前がついていて、登山客が休んでいる。10:00ごろ通過。道は茶色い土で、石ころも段差もほとんどない。ものすごい荷物を頭にのせたポーターたちがさくさく往復している。このあたりから下山してくる登山客とたくさんすれ違う。そのたびハローとかハイ!とか言い交わす。なぜか地元人にはジャンボ、と挨拶している。ハローなんて全世界共通だろうに、人種によって挨拶の言葉を変えるのはいかがなものか?と軽い疑問符。しかも地元人同士はジャンボ、とは言っていない。やはり「ハバリ」(スワヒリ語で一般的な挨拶の言葉)とかほかの言葉で挨拶しているようだ。後半になってはっきりわかってきたが、ガイド、サブガイド同士はよく挨拶したり情報交換したりして話しているが、ポーターとは挨拶すらしないことが多い。職業上の区別がかなりはっきりしているみたいだ。おりてくる側からは時々「グッドラック!」といってくれる。それはいいが、登頂するにはやはりそうとうな幸運が必要なのか?とやや不安になる挨拶だ。

マシューポイントから、やや傾斜がきつくなり、日差しもきつくて汗をかく。大きな尾根が突き出ていて、尾根まで上りきると休憩ポイント。ベンチとトイレがある。11:30ごろ到着してここで昼食。雲が出てきて日をさえぎり、とたんに肌寒くなった。弁当はまた骨付き鶏肉とバター付サンドイッチ、オレンジにジュース、カップケーキ。客の残飯狙いなのか、こんなところまでカラスがいる。首の後ろだけが白いカラスだ。

20分ほど休憩してすぐ出発。ここから道は尾根沢をいくつも横切るようにコンタリングしていく。合計7つほど沢をきったら、ひろい尾根の上にたくさんの三角屋根がみえてきて、そこがホロンボハット。昼食ポイントの尾根から大体1時間30分ほど。到着して時計を見たら13時半だった。正味5時間30分の行程。今日もたいした登りもなく、だーらだらと歩いていたらいつの間にか着いた、という程度だった。2007kilimanjaro_2_037

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2008年1月22日 (火)

マウンディクレーターを一周(1日目)

3時前に山小屋についてしまっては、やることもない。荷物をひろげていると、お茶ができてるよ、とサブガイドが呼びに来た。なんとアフタヌーンティまでついているのか大名旅行。食堂の建物へいくと、長机の一部を緑色のテーブルクロスで陣取ったところに赤いポットとカップ、インスタントコーヒーとミロとニドと紅茶の箱が並べてあり、皿にはポップコーンが山盛りだった。ポットからお湯をついで好きなものを作って飲む形式。ポットもコップも年季の入ったプラスチックだった。出来立てのポップコーンは熱々で、なんでもないように見えてめちゃめちゃ旨かった。はじめてポップコーンをおいしいと感じた。

ガイドが、この先30分ほど登るとクレーターがあるので行ってみるか、という。ほかにすることもないし、高度順応のためにも必要と思ったので行くことにした。

森林地帯をしばらく歩き、すこし登って橋をこえると草原地帯に出た。いかにも高山のお花畑らしい感じ。ハハコグサやマツムシソウをみる。主要道から分岐を右にいく。針葉樹の茂みをしばらくたどって、ジグザグに上りだすとすぐクレーターのへりに出た。大きな凹地が目の前にある。周囲は木が茂っているが凹地は草地のオープンだ。ぐるっと一周して、確かに30分程度。そのまま帰るのも面白くないので、クレーターの底までおりて、一気に駆け上ってみた。動いているときは普通だったが、登り切って止まったとたん、ものすごく息がきれた。この運動量に対して、なかなか落ち着かない。たしかに下界とは違う!と実感した。天気が悪くなってきたので小屋へ戻る。途中木の上にシロクロコロブスを見る。サルオガセの中で見分けが付かない。これで大体往復1時間の運動になった。2007kilimanjaro_1_194 2007kilimanjaro_1_198 2007kilimanjaro_1_209 2007kilimanjaro_1_201

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2008年1月21日 (月)

マラングゲート~マンダラハット(2700m)まで(1日目)

 登山口から、左手に谷をみつつ、樹林帯の中を歩いていく。すぐ橋があって、きれいな滝つぼを見る。道の両側はつる草が絡んだものすごくDな藪。野いちごなども見つつ歩く。背の高い木々にはサスオガセがからまって、沖縄や屋久島の森林地帯に似ている。農道を2本ほど横切ると、左手も山になって、緩やかにのぼりがちになる。植生としてはDからC、サルオガセやつる性植物がおおく、絶対からまるので入りたくない感じ。山の中は伸び盛りの緑のにおい+胡椒かシトラスのようなにおいがしてとてもさわやかだ。なんでもないのに勝手にわくわくしてしまう。始まったばかりの夏休みのにおい、とでもいうか。足元にはカーキ色のアケビみたいな木の実が落ちている。マラカというらしい。ほかにもプルメリアかジャスミンみたいな白い花、つる性のサルビアの花もちらほら。途中周回コースとの分岐をすぎ、1時間半ほどだらだら歩くと、右手に橋が架かっていて、そちらへ行くと並行するポーター道と合流する。ベンチとトイレがあるのでここで昼食となる。

ポーター道は登山道と違って往来がはげしい。車でも通れそうな広い道だ。みんな頭にめっちゃ荷物を乗せてすごい速さで往復している。ベンチの横に「登山客は登山道を歩くこと。この道は現地のポーターしか使ってはいかん」みたいな注意書きがある。

昼食後、また登山道へ戻り、森の中をだらだらと歩く。30分ほどですこし傾斜が急になり、二股の滝を見る。その上に橋があり、先のポーター道と合流している。道はまたちょっと急になって、ジグザグに登りはじめるが、たいした傾斜ではないのでかなり楽だ。そのうち植生が針葉樹になり、橋をいくつか越える。傾斜のある橋を渡ったら、もう5分ほどでマンダラハットに着く。2700m地点の山小屋だ。合流点から1時間弱。10時20分に出発して、途中30分の昼食休憩、14時過ぎにマンダラハット到着。正味3時間20分。予想通り、たったこんだけか、と思うぐらいの行程だった。

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キリマンジャロ登山について(感想と結論)

 旅行前に他の人のブログや登頂記などをいろいろ参照したが、この山に登るための一番重要な問題は高度順応、高山病対策のようだった。実際すこし症状が出たのだが、たしかに未経験のきつさというもので、いままでの経験のうち3本の指に入るぐらいきつかったかもしれない。しかしそれ以外には特に大変だったことはなかった。

 実際歩くと、一部分をのぞいてほとんど段差も岩もない地道、めちゃめちゃ走りやすい。傾斜も4700mまではだ~らだら。たぶんトップレベルのトレイルランナーなら24時間以内で往復可能ではなかろうか。アフリカでもカメルーン山(4090m)では毎年1月に登山マラソンがあるらしい。キナバル山といい、4000m級までならそういうことも可能?

だとしたらちょうど傾斜のきつくなる手前、4700mの山小屋までなら登山マラソン大会も現実的に可能かもしれない。めっちゃ景色いいし、楽しいだろうな。もしそうなったら海外マラソン好きな日本人ランナーとかいっぱい来そうだ・・・

 最近みた08年2月号の「山渓」に、5時間36分の登頂記録が載っていた。やっぱやる人おるやん。(7大陸最高峰を駆け上りで最短記録を狙ってる人だったが。)

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2008年1月18日 (金)

キリマンジャロ登山について(概要)

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梅田のジュンク堂で地図を手に入れてみて初めて知ったが、キリマンジャロは火山だった。主要なピークはシラ、キボ、マウェンジ、と3つあり、中でもキボ峰のウフルピークが5895mで一番高い。キボ峰が富士山型の火山なのに対し、マウェンジ峰(5149m)は切り立った岩峰で、岩登り技術がないと登れない。山塊全体で南北30km、東西50kmの規模があるらしい。4500m付近まではなだらかな台形をしているが、そこからキボもマウェンジも突然つきだしたような急なコンタになっている。登山道は6つほどあって、一番メジャーなマラングルートは南東の裾野からキボ峰のある北西の方向にだらだらと南斜面を斜めに登り、広い鞍部に乗ってキボへ登るコース。そのためやたら距離が長くて日数がかかる。基本が富士山と同じで、急な登りがほとんど無いから一般ハイカーでも登れるというわけだ。

 モデル日程は、1日目が1970mの登山口から2700m小屋まで行って1泊、2日目に3700m小屋までいって1泊。(高度順応するなら2泊)3日目に4700m小屋までいって仮眠、深夜からアタック開始して日の出時刻あたりに登頂、午前中に4700mまで降りてくる。4日目のうちにそのまま3700mまでおりて1泊、5日目に下山。5日間コースだと高山病にかかる率が高く、登頂成功率は3分の1だとか。ほなモデル日程の意味ないやん!と思う。高度順応は1日300m~500mづつ登っていくのが基本なのに、実際小屋が1000mごとにしかないのでそうなるんだろう。いって登頂できないのももったいないので、自分は3700mで2泊する6日間コースにした。

 しかし地図見て考えると、自分一人なら初日に3700mまで登ってそこで2泊して高度順応、3日目に4700mまで登り、深夜から4日目朝にかけてアタック、登頂後は2700mまで下りて1泊。5日目に下山、がいいような気がする。さらに、どうせ荷物持ってもらえるのだから、ガッツでトレイルラン仕様なら24時間あれば走って行ってこれるんではなかろうか?でも今回は初めての5000m級だし、グループ登山なのでしかたない。

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2008年1月16日 (水)

マラングゲートへ(1日目)

2007kilimanjaro_1_155 前日8時間の移動の後たどり着き、マラングゲート近くのホテルで一泊。

12月23日、登山開始。まずは登山口の事務所へ行き、ガイド、ポーターと合流して、入山届を出す。ここは世界遺産やし、ナショナルパークでもあるせいか結構厳重な警戒体制。自動小銃を持った門番がいる。

2007kilimanjaro_1_156 キリマンジャロ登山には必ずガイドをつけねばならない決まりらしい。地元の雇用促進かつ外貨獲得のためか、1団体につきガイドにサブガイド、コックにポーターが付いてくる。当然1人づつチップを払う必要がある。コック、ポーターなどは自分で荷物を持ったり自炊するなら現地交渉でへらすこともできるらしいが、今回は旅行会社に手配してもらって事前の料金も支払済み。いっぱい引き連れて水戸黄門状態で大名旅行だ。

昨日のうちに宿でガイドとは顔合わせ済み。入山届に記入しているうちに、ポーターは自分の荷物を青シート製のずだ袋にほうりこんで荷造りしてくれていた。それを首根っこあたりでバランスよく担いで、手ぶらで歩いていく。なかなかすごい技だ、と感心したが、以後もっとすごいポーター技をいっぱい見ることになった。

ガイドが事務処理をしている間、登山口でだらだら待つ。スパッツレンタルしないか?と言い寄ってくるおっさんを相手に値切り交渉して時間を潰す。6日間借りて20タンザニアシリング、米ドルなら10ドル、ってレートあってないって。たぶん外国人が現地通貨もってへんの見越してのふっかけ値段だわ。って遊んでるうちにガイドがやってきたので暇つぶし終了。しかしガイドの言うことには、今日はポーターたちと先に行くので、一緒に歩くのはサブガイドだと。まあどっちでもいいが。

でもって10時半すぎ、1970mから歩き始めた。

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2008年1月15日 (火)

とうとう見えた!

2007kilimanjaro_1_117 アルーシャ出てから1時間半後、モシの町を通り過ぎたあたりから、左手の雲が切れてきた。そしてやっと出てきた、キリマンジャロ山頂。

裾野しか見えなかったときに大体この辺かな~とイメージしていたよりは意外に低い。いやたぶん車の走っている位置からの距離はかなりあるはずだから、やっぱり高いのだわ。あれで5895m、温暖化で氷河が溶けているときいたが、結構真っ白だ。

移動に2日かかってたどりついたが、翌日からは6日間コースでキリマンジャロへ登る。通常は5日コースらしいが、うわさによると登頂率が三分の一らしい。わざわざ来て途中敗退はもったいないので登りに1日増やして高度順応日とした。

キリマンジャロは一般ハイカーでも岩登りなどの特殊技術なしで登れる世界最高峰として人気らしい。一番メジャーなコース(マラングルート)は山小屋完備でコカコーラコースともいわれている。コーラ飲みながらでも登れる、という意味らしい。さてほんまか否か?

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2008年1月14日 (月)

視界90度以上の裾野

アルーシャから1時間ほどぶっとばすと、周囲はまた乾燥したサバンナになってきた。ケニアより舗装はいいみたいに思える。まーっすぐに続く道の左手、地平線のラインがすこしあがってる?とうとう目的地が見えてきたらしい。では反対側の裾野は?というと道の正面。

2007kilimanjaro_1_1042007kilimanjaro_1_106_2 さすがアフリカ大陸最高峰。裾野ひろすぎ。

(ちなみにこの車、追い越しかけてる最中である。車間の余裕が・・・) 

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アルーシャ通過

2007kilimanjaro_1_092 国境からさらに南下して、2時間半ほどでアルーシャという町につく。この町のすぐ東には4566mのメルー山があって、そのせいか周辺はほかとは違って雨量が多く、緑が濃い。南国なのに北海道みたいな風景が広がる。牛も放牧されているが、おっているのは真っ赤もしくは紫色の布を体にまとったマサイだ。バナナ畑や稲田も散見された。

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町に近くなると道を歩く人が増え、車も増えて渋滞になった。とあるホテルの前がバスターミナルで、そこで降りて乗り換える。いっしょに乗っていた人々もそれぞれにばらけていった。たいてい予約済みで、次の車が待っている様子。バスの中での会話でも、やはり主流はサファリ。この町はセレンゲティやンゴロンゴロへいく基点になっている。自分のお迎えは中古のタウンエースだった。昼食後、メルー山を南からまいて東へ向かう。今日の宿までさらにまた3時間ほどかかる。

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2008年1月11日 (金)

タンザニア入国

2007kilimanjaro_1_084 道々休憩したところの近くの民家(たぶん)。

物置程度の大きさだが。なかなかすごい。

3時間半ほどぶっとばして、ケニアとタンザニア国境についた。ケニア出国はわりにスムーズだったが、タンザニア入国は長距離バスがかち合ったのか超満員。おしあいへしあいで窓口までたどりつかない。まとめて託して外で待つ。壁に「人身売買に注意!」という内容らしいポスターが貼ってあるのがリアルだ。周囲はそんな雰囲気がまったくにおわない、ど田舎のんびりモードなんだが。だって手続き全然進まないし。天気は日本の夏のように蒸し暑くなって、外で待っててもつらい。結局1時間ほどかかって自分のバスの乗客全員終了。パスポートはVISAのシールの上にどかんと判子が押されて戻ってきた。ケニアのは黒インクの判子だけだが、タンザニアのVISAはキリンと山の絵のホログラムが付いているシール状。断然かっこいい。イメージからいうと意外だった。

2007kilimanjaro_1_089 バスはこのままアルーシャまで走る。国境からまだ2時間半ほどかかる距離だ。

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2008年1月10日 (木)

サバンナを南へ

翌日は南下、国境を目指す。相乗りバスは満員。道はがたがた、のちがらがら。なんで平均時速100km越え!

2007kilimanjaro_1_049 ナイロビ都心。丸ビルだ!

2007kilimanjaro_1_057 なんかてきとーなビーチパラソルだが、市場つうか露天商つうか。空港近くのちょっと郊外。

2007kilimanjaro_1_058 おお、電車だ。走ってる。めずらしいかも。

2007kilimanjaro_1_060 1時間後。

2007kilimanjaro_1_064 2時間後。

2007kilimanjaro_1_077 3時間後。

まだ国境にはつかない。

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ケニアの大地に日が沈む

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遠方の山脈は通称「ゲンコツ山」。わかるかな?

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スーパーの駐車場から夕日を見る。こころなしか雄大。

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2008年1月 9日 (水)

「ウタマドニ」にて

2007kilimanjaro_1_027 ナイロビナショナルパーク近くのおみやげ物屋の庭。どうも金持ちの別荘を改装したらしい。二階のベランダに出たら、正面のやし?に実が鈴なりだった。いわゆるデーツか?

2007kilimanjaro_1_026 買ってかえるにはでかすぎる鋼鉄製のダチョウ。定番のステッカーからいわゆる作家さんの作品まで取り扱ってる幅広い店だったが、なにしろうちまだケニア初日なんですけど。ちなみに店名「ウタマドニ」とはスワヒリ語で「文化」という意味だとか。

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2008年1月 8日 (火)

ケニア大統領選挙の看板(でか!)

2007kilimanjaro_1_013 ナイロビについたのは21日だったので、まだ大統領選挙の前だった。当日前後は荒れるかも、と友人から注意されていたのだが(実際大変なことになったようだが・・・)27日前後はケニアやないし、まあ大丈夫だろう。実際渋滞なだけで街は普通、に見えた。

現職のでかい看板にひきつづいて、他の2候補の看板も次々現れる。日本なんかと比べると政治と生活(生死?!)がほんとに直結しているので、そりゃ真剣になるよ。

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2008年1月 7日 (月)

ナイロビ市内移動中

2007kilimanjaro_1_012 市内はクリスマス休暇にはいる金曜日の夕方で大渋滞。ほとんどの交差点で信号がない!のが原因とみた。さらに、すきあらば追い抜きにかかろうっつうメンタリティらしい。3車線かと思ったら、道路脇から抜こうとしていた列だった・・・なんで混雑して当たりまえやろ、という感じだ。

2007kilimanjaro_1_016 焼きとうもろこし屋発見!車止めて買い食いできないのが残念・・・

2007kilimanjaro_1_017 果物屋。後で聞いたが、バナナ、パパイヤ、マンゴー、オレンジは安くて、りんごは高級品らしい。

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サトウキビ売りもいた。

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ケニア到着

2007kilimanjaro_1_009 ドバイから5時間半飛んで、ケニア着。ナイロビ空港から出たとたんこの景色。サバンナ~・・・

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2008年1月 4日 (金)

まずはドバイへ

2007kilimanjaro_1_002 20日の深夜に関空発。飛行場内はすいていたが、機内はほぼ満席だった。夜行バス状態でドバイにつくまで10時間・・・つらい。

ついてしまうとけっこう眠気もさめて気分もましになった。乗り継ぎエリアに入るだけなのにセキュリティチェックは厳しい。靴まで脱いで通る。さすが中東。5時間ほどの待ち時間、特に買物もないがうろうろする。ここではじめてみたが、金売り場がすごい。すべてアクセサリーで、インゴットなんかはない。18k、22k、24kと別になっててグラム売り。デザインも、付いてる宝石の数も種類も関係なし?!ガラスケースをのぞいて、上からこれ、と指差すと、係のねーちゃんが手袋して精密なはかりにのせて計量、でもって電卓で計算してくれる。まずひやかし不可能。

関空からいっぱいやった関西のおばちゃんの群れも消え去り、次のフライトでは自分も含めて日本人は5名ほどになった。まださらに5時間半もかかる。

2007kilimanjaro_1_007 さすがドバイ、壁掛け時計もロレックスなり。

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2007年11月16日 (金)

中禅寺湖畔のインド民宿

webで見つけたアジアンガーデン、やっぱり変な宿だった。大部屋素泊まり1500円とはなんぞや?と思いつつたどり着いたが、玄関入っていきなりインド系のおっちゃんたちにナマステーと迎えられたとき、ほとんど全てに納得がいった感じ。

要するに、日本在住のインド系(正確にはバングラディシュ?)の人たちの金銭感覚で作られた民宿、という様子。ほんとに素泊まりだと1500円ですむが、風呂代700円、夕食1980円、朝食700円とすべてオプション形式。部屋に比べてほかは高めに思ったが、風呂は広くて温泉だったし、サウナも新しかったし、設備からいくとこれは妥当か。夕食は本格インド料理でバイキング、かなりおいしかったし、元もとれるのでこれも妥当な値段。しかもいきなり今日はベリーダンスの夕べとかいって、おねえさん(日本人だった・・・)がビキニで登場して客席の真ん前で踊ってくれたりした。これは料金に関係なかったみたいなので実はお得か?

しかしフロントのおっちゃんたち、温泉の営業が23時までだからだろうか、どこへいくこともなくひまそうにしつつも、フロアで談笑している別のグループの横や廊下の端で、さりげなくも鋭い視線をなげかけつつ(インド系は日本人よりもあきらかに目がでかい)突っ立っている。見ようによっては監視されてるみたいで気持ち悪いが、たしかにインドいったときもかなりそんな感じだったかなあ、と思いだした。インド系サービスに共通するもんなのかも。客をほったらかして自分たちでしゃべりまくっているよりはいいかもしれん。

大部屋はやや寒かったが、ベッドもしっかりしていて清潔だったので全然OKだった。

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2007年11月 5日 (月)

東山マウンテンマラソンの試走

この土曜日は東山マウンテンマラソンの試走。日程の都合でこの大会に出られないことが多いので、まあ試走で不満解消しておこうかな、という思惑もある。

朝9時に叡電の駅前に集合し、宝ヶ池周回をパスした25kmを走る。途中ポスティングや看板取り付けなどしつつ休憩もとりつつ、のんびりペースだったので、伏見稲荷到着は16時。このレース、主催者のこだわりが随所に見られてなかなか楽しい。14回を数えても、コース改善に余念が無いし、参加賞は毎回なかなかおもしろいし、運営もティアっぽく懇切丁寧やし、ウェブ情報が少ないせいか知る人ぞ知る感も高いし。

まず前半、宝ヶ池駅から尾根線へ登る。街中はくねくねと迷路っぽい。山道に入るとすぐ急になって、橋をわたったら最初の尾根。いったん下って、快適な山道を2回ほどアップダウン。立派な道の脇の倒れそうな石鳥居に出る。しばらく広い山道、瓜生山手前から下りて住宅街へ出る。山中越えを横断、朝鮮学校のグラウンドをすり抜けて大文字へ登る。大文字も久しぶり。火床まで登ると、天気がよくて京都の景色が一望。小学校の団体など、わんさか人がいた。ここでお昼。レースだと大文字山頂で約半分。七福思案処経由で日向神社へおりる。紅葉の穴場、といっても最近は有名になってしまったようだ。しかしこの日はまだ全然紅葉していなかった。ここからしばらく舗装道路の登りで将軍塚へ。車道はつらい。今回一緒に走ったトライアスロンクラブの人が速い。見ていても足の上げ下ろしが軽快だった。こんな風に走るんか~と思いつつ後ろをついていく。清水山を越えると、一号線。せまいトンネルくぐって、車ガンガン来る脇を走って、京女裏山の阿弥陀が峰に入る。ここもよく走ったよな~と感慨深い。また迷路みたいな住宅街を下って、剣神社の脇にある橋を渡る。住宅街にいきなり橋?とか思うが。小刻みに登って、東福寺の正面にぽこっと出る。ここちょっと傾斜きつい。秋の特別拝観で観光バスも歩行者もいっぱいいる。横目で通り過ぎて、また迷路状態の住宅街をぬけて、最後の稲荷山。ここからが一番つらいところだ。しかも山道、岩場もあるし傾斜も容赦ない。この辺まで来るとランナーは朦朧としてしまっていて、誘導も大変らしい。竹やぶの鞍部からはややゆるくなるが長い登り。赤い鳥居を右手にみたら、今度は一気下りへ。いつもは細かい階段が厳しいのだが、そこの脇の山道を試走。こっちも相当急で厳しいので、試走者からはブーイング。足への反動は少なくていいんだが。平坦になると、もう伏見稲荷の境内らしい竹やぶの中、うねうねとコンタ道を走って、千本鳥居を右手に見たらもうゴール。最後もけっこう迷路っぽい。昨年までゴール会場にしていた広場は工事中で使えなくなっていた。

試走したら、やっぱこのコース楽しいと実感、レース出る人いいよな~と思ってしまった。

休憩が多かったのであまり疲れた気はしなかったが、翌日は足がぱんぱんだった。ハセツネで出たひざ裏の痛みも再発。いかんな~・・

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2007年10月29日 (月)

室生寺へバイクで行く

この週末は軽めの運動ですごす。観光かねてバイクで室生寺へ出かけた。

国道165を奈良県にむかい、三本松をすぎてバイパスへはいる。車も少なく快適だったのだが、なんとトンネルが!バイクでトンネルは初めてだったが、側道はめちゃくちゃせまいしライトは暗いし風が寒いしたまに車が来るとすごい音が反響するし、ガードレールがついていたが、それにも接触しそうで緊張の連続だった。今後ともなるべく通りたくないと思った・・・

トンネルをぬけると龍穴神社の目の前で、室生寺はすぐそこ。

室生寺には久々に来た。子供の頃はちょくちょく来ていて、奥の院の階段が印象深かった思い出がある。紅葉はまだ全然で、それでもカメラを持った観光客が多かった。こぢんまりして気取らない雰囲気が好きだ。それでも国宝の仏像などが多くあり、小さくても密度が濃い。

特に人気、らしいのが国宝十一面観音立像。女性的、というのが特徴だが、概して観音様は女性的なことが多いよな。お堂は薄暗くて遠目からしか見えないけど、印象では10代ぐらいの女性、しかもリラックスした立姿がアスリートぽく見える(笑)。肉の付き方から水泳選手かな~。あんな感じでリラックスしていたら、きっとものすごくいい動きができそうだ。(ちなみに興福寺の阿修羅像は決勝前の緊張した陸上選手ってかんじか・・・)

子供のときは、ものすごく長くて見上げるような急傾斜だった奥の院の階段、今見たらどうなんだろう。ちょっとどきどきしつつ境内の奥へ進む。すり減った石段の、砂岩らしい表面の模様がとても美しい。ぐいとのびた檜の大木の幹が美しくてつい見上げる。

さて奥の院、石段の真下に立って、たしかに今でも見上げるような急傾斜だ。このきつさは変わらないな。でももっと幅広かった様な気がする。(そりゃそうだわ)

登りつめて、位牌堂の裏で室生集落の景色をながめつつかるく休憩。修学旅行生がどっと来たところをすれちがいに境内を出る。外でよもぎ入り回転焼きと甘酒で昼食。

 さて帰路だが、あのトンネルをまた通るのはなんとしても避けたい。地図を見ると東にどうやら東海自然歩道がある。曽爾へぬければ車も少ないし、そこからの帰路はトンネルはない。5万でこの線はかなりあやしいが、東海自然歩道なら確実に続いているだろう、とふんでそちらへ向かった。  

東海自然歩道の看板は、川ぞいに立っていた。登山の団体とすれ違ったので、たぶんこの道からおりてきたのだろう。しばらくは舗装路が続いたが、途中で石畳の急傾斜の山道になる。ここでバイクを降りて押す。敷石がかなり苔むして濡れていたのでめっちゃすべりそう。しかも今日はバイクシューズだし。道はかなり細くて傾斜もきつい。自然歩道といってもかなりマイナーコースらしい。40分も登った頃に、国見山と浄済坊渓谷との分岐、が出てきた。浄済坊渓谷が地図にないのでよくわからんが、この分岐は地図にあり、方向的に合っている。ということで分岐を左、浄済坊渓谷の方へむかう。ここからがまたきつい。渓流そのものをさかのぼるようなところもあって、さすがに担ぐ。地図から予想はされたが、かなりきびしい~。道も笹にかくれたりわからなくなりかけたりして大変だった。だいたい30分ぐらいたったか、沢から別れて急登の後、ひろい杉林の鞍部になり、いきなり整備された広場に出た。りっぱなトイレまである。どうなることかと心細かったのだがほっとした。看板をみると「クマタワ峠」とある。ここからの下りはばっちり舗装路。助かったー・・・

しばらく快適にくだると、左手に「浄済坊渓谷」の分岐が出てきた。道はまた細い地道になっている。さっきで懲りたし、車道をそのまま降りる。国道に合流し、あとは香落渓を経由して帰る。まあ車は通るが道が曲がりくねっているのでスピードがでない分バイクでも走りやすい。ここも久しぶりに通ったが、半分ほど紅葉し始めていて、結構楽しめた。しかしこの道は、紅葉の岩肌を見るため(真上に!)余所見してしまうので危ない・・・

クランクを変えたらわかりますよ、とバイク屋さんに言われたが、あんまりよくわからなかった?でもこぎやすくなって疲れにくくなったのは確か。ビンディングにして、位置が安定したのかお尻も前よりいたくなくなったし。シーズン的にちょうどいいし、太ももの付け根がほぐれた感じで楽になったし、もっとトレーニングに使おう、と思った。

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2007年10月17日 (水)

蜘蛛の巣パック

森林公園を走っていて、前を散歩中の中高年団体をさけようと横道に入ったのがわるかった。

この横道、ほんの十数メートルしかないが、蜘蛛の巣だらけ!勢い止まらずそのまま通り越したが、頭から蜘蛛の巣かぶりまくりで車道に出てきた。たぶん8つぐらい一気にかぶったかも。髪の毛かきあげ腕にまとわりついているのをはがしながらかえってきたが、細いし見えないし、指でつまんでもまとわりついてとれないし。んなことしているうちに昼休み終了、素知らぬ顔でデスクについたが、まさか昼休み中に蜘蛛の巣パックしてる人なんてあんまりいない・・・だろうな。

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2007年10月10日 (水)

いきあたりばったり

 全日本リレー後は、白山登山の予定。会場を出られたのは4時半で、しかも宿は岐阜県側の大白川源流の白水湖畔ロッジ。小屋の主人に怒られながらも、高速をぶっ飛ばして7時半すぎになんとか到着した。2003年に建てたばかりらしい、まだ真新しいすてきな山小屋で、床や柱の白木の手触りがここちいい。「お家探訪」番組にでも出てきそう。こんな家に住みたいかも~。カフェ風の食堂に薪ストーブ、食事もおいしかったしお風呂も温泉。外には露天風呂もあって、消灯後にヘッテン着けて行って、密かに缶チューハイ持ち込んで(実は飲食禁止でした。暗くて張り紙見えなかったんですすみません)天の川をながめながら入湯。もうかなり最高=のシチュエーションだった。明日は豪雨の予報なんだが。登れなくても、もうこれだけでもう満足?女性はすぐ酔っぱらいかつのぼせ気味でわりにさっさとあがってきたのだが、男性組は長風呂だった。

翌日、4時ぐらいから雨音。どんどんきつくなって、寝ながら聞いていても登山は無理そう。予定の時刻になってもみんなだらだら寝ていた。朝食食べながら、登山あきらめて観光することに決定。最後にもう一回露天に入ってから8時にチェックアウトした。

白水の滝を見てから下山して、白川郷の萩町集落を観光する。雨でも連休最終日でもけっこうな人出だった。どぶろく系土産を試食しつつ、12時過ぎにひるがの高原付近で昼食。なかなかのいきあたりばったり感。

昼食後、これからどうしよう、ということになって、どっかまた温泉!ということになり、地図見て適当にきめたのが湯の平温泉。ついてみると地元の人ばかりのこじんまりした鄙び系なのに露天が広くて泉質も良かった。ここで関東組は帰宅、中部組はさらについでに郡上八幡へ。ここも古い町並みと水流を観光。川に飛び込むな、とは書いていない看板と、食品サンプルにうけた。ぐるっと散策するとすでに5時過ぎ。この時分になるとようやく雨もあがってきた。

ほんとにいきあたりばったりだったが、こんな休日もまれなのでおもしろかった。

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2007年10月 4日 (木)

一周成功!

五色が原山荘のお風呂とご飯で元気回復。宿泊客は少なくて、へやは個室だった。昨日のように同宿の人々と話す機会も体力もなく、早々に休む。8時ごろ外に出てみるが、満月に近い月であかるいものの、雲も多くてあまり景色はよくなかった。

 翌日はのんびり朝食とってから6時半出発。12時に室堂についていればバスに間に合うし、予想所要時間は4時間。霧が立ち込めていて全く視界なし。30分でザラ峠に着く。少し風が出て視界がきれた。ここから獅子岳の斜面がそびえているが、目測40分だな。とはいえ獅子岳山頂はちょっと奥に長く、だいたい1時間で到着。寝て回復したとはいえ、3日目なのですぐ疲れが出てきた。次の鬼岳、龍王岳はピークを踏まずに巻いていくコースになっているのでありがたい。その分距離はのびるけど、昨日みたいにストレスはたまらない。しかしずっと雲に覆われていたので、景色どころか先が見えないので、目測もできず。龍王岳の登りでちょっとストレスたまる。しかしここも45分ほどがんばると急に鞍部に出て、あとはするするとピークについた。小屋があるがここは富山大の観測所。もう室堂までは一下りなのだが、あいにくの雲で全く見えず。9時だったのでもうあせらない。ここから室堂までは2ルートあるが、タイムの短い浄土山から下ることにした。

浄土山はどこがピークかわからん形で、思わず分岐をすぎたらいきなり下りだしてしまった。しかも岩場でかなりの激下り。それでタイムが短いのか、と納得するが、こんなに急だとかえって時間がかかる。しかも右足の痛みはなおっていないし。20分かかって下の遊歩道に合流。地図だと登り降りともに10分?こりゃちがうやろ。

だんだん雲がはれてきて、やっと立山が見えてきた。軽装の観光客とも多くすれちがうようになった。室堂山荘前に降り立って、10時半。ここでやっと登山終了~!

あまりに足が痛いので、室堂周遊するのも控えて、目の前の山荘の風呂に直行。600円だったが、施設も新しくて、シャンプーつきで立山も全部見渡せる大展望、かなり満足。稜線を歩いている人が、ボールペンでついた点が動いているみたいに見える。あっちからみえませんよねえ、とか湯船につかりながら冗談をいう。

山荘前の広場でお湯を沸かして昼食、バスターミナルに行くといきなり団体客が到着してすんごい人だった。海外からの団体さんもいて、300m移動しただけで別世界だった。

バス待ちの行列に並んで下山する。ロープウェイ、富山地鉄と乗り継いで、2時半に富山駅到着。なかなか鉄分の濃い路線だった。駅前バスターミナルから、15時発の新穂高行き路線バスに乗る。登山客は自分以外にもう1名。いかにも下山してきた感じやし、自分とおなじようなこと考えてる人?

バスは神岡で休憩とったりして、栃尾温泉経由で平湯まで行く。自分は栃尾で降りて、新穂高行きに乗り換え。この乗り換えで、やっと作戦成功、となった。終点についたのは17時半すぎ。もう誰もいないバスターミナルで、行きと同じポストに下山届を投函して、駐車場までの林道を下る。駐車場はまだだいぶ車が停まっていた。

わけわからんけどとにかく作戦成功、の達成感。でも他人には勧められんか。

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2007年9月30日 (日)

西銀座一気に北上

 黒部五郎の西側斜面を一気下り。赤木岳、北の俣岳と越えて太郎平へいたる。

たいていこれで公称7時間らしい。予想では4時間。ほぼオープンのアップダウンの続く道で、赤木岳も北の俣岳もゆるやかで快適。

 北の俣岳をすぎてから右足首上外側がピンポイントで痛み出して小休止。ひねったおぼえもないのに?太郎平小屋には8時半に到着。ほぼ予想タイムどおりだ。

 広場のベンチで早速お弁当を食べる。暗い中で間違えないよう、筆ペンで大書してもらってあるのが強烈だ。少し日が差してきて、薬師岳方向がやや晴れてきた。この様子だと、今日も天気は持ちそう。

 太郎平から、少し下ると鞍部にキャンプ場。そこから登山道は急な沢の中、水の流れる脇を登っていく。傾斜変換をこえてさらに登って薬師小屋。ここまで50分。登りは足も痛くなく、気が楽になる。いよいよ山頂部へ一気登り。真っ白なザラザラ道をジグザグジグザグ・・・稜線まできてすぐ山頂かと思ったが表示板には「あと30分」とある。まさかそんなにかからんやろうな~と思いながら、でも稜線は結構長く10分ぐらいで到着。薬師小屋から38分、ちょうど10時半だった。

この先の北側稜線の先には北薬師岳。予想外に切り立った急な岩稜のやせ尾根で、ここは公称コースタイムより時間がかかって48分。

 北薬師岳を越えると、スゴ乗越小屋までだらだらと、かつ一気に下る。足が痛くてかなりきつい。間山まで1時間弱、なんとほぼコースタイムだ。間山はちょこっとした二重山稜だった。ちょうど正面の雲がきれて行く先の景色が見えた。

 ここから先、スゴ乗越へ稜線はくだり落ち、急に切れ込んで、その奥にまた急斜面の山がそびえている。さらに左奥に連なる山は、背後に暗い雲をしょって影を隠していた。見るところ手前はスゴ、奥のやつは越中沢、いまから越えねばならぬ山らしい。うわ、きっつそ~・・・

間山の下の池からスゴ乗越小屋まで、コースタイム50分のところ30分かからなかった。ちょっと助かった気がして小休止する。

小屋は赤ペンキのはげ具合もいい感じのこぢんまりとした小屋だった。周囲の針葉樹の森ごと、厚めの雲にすっぽり巻かれて濡れていた。2人ほど登ってきて宿泊手続きをしはじめた。ちょうど13時だ。

さて、本日のクライマックス、スゴ乗越と越中沢岳。ここさえ越えればあとはどうでもたどり着けるはず。どうやら足の痛みはくだるときだけなので、激しくても登りなら、きっと大丈夫だ。しかし、小屋から最低鞍部までの降りだけでけっこう足に来てしぬ~。

 で、鞍部からスゴの頭までの登り。いままでの北アルプスのなかで一番?きつい登りだった。傾斜がほとんど富士山八合目。あほみたいに登って、ちょっと左手を見ると、越中沢岳への鞍部より登っている?わざわざ登ってまた降るなんて、無駄やんけ・・・まあ平行移動するとよっぽど危険な崖でもあるんだろう、と気を慰めることにした。

 あほ登りの後は、また岩をよじ登って、スゴの頭へ到着。40分ぐらい。ここまで来ると、山の斜面と高さの目測で、所用時間が推し量れるようになってきた。先を眺めて、越中沢岳の登りは、見えてるだけなら見積もって1時間。しかしさっきの登りで結構消耗したぞ・・・

 越中沢岳は途中2回ほどロープもあって、なかなかに手強い山だった。高さはないけど100名山に匹敵すると思うほどの登りがいかも。

 さてここで15時。さすがにつかれた。気持ち悪くなってきた。単に登りとか、重さはまだ大丈夫だが、平衡感覚がかなりやばい。切り立った斜面とかでくらくらしそう。そしてやっとはるかかなたに五色が原!小屋の赤い屋根も見える。あそこが今夜の宿だ!と指差して、目測ではあと2時間ぐらい。つまり17時着?そして振り返ってみれば薬師岳がきれいに見えていた。さらに奥に黒部五郎らしい山頂も見える。今朝あそこにいた、のが見えるのもすごい。つまりスタートとゴールがいっぺんに見えている。

 越中沢乗越まで、わかりにくい道を探しつつくだって、木道にでたら楽に鞍部へ。鳶山が今日最後の登り。これも登ってる最中、右手の枝尾根にコンタリングで乗ってしまえば、わざわざ山頂まで登らなくても五色が原に出られるんちゃうか、とか考え出して腹立ってきた。へろへろになりつつもやっと登頂。そして後は木道で小屋まで。これもまっすぐ道つけてくれよ~と思うほどに山すそを大回りしていく。もうひらきなおってだーらだら歩く。ついたらさすがに今日最後の客だった。小屋の人に、なんか競技やってるひとでしょ?ときかれてしまった。

 所要時間は12時間57分。天気がよかったせいもあるけど、さすがにアホやった。

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2007年9月28日 (金)

山の怪?(黒部五郎岳)

4時に出立するつもりで起きる。玄関まで降りるとすでにゆきさんが準備していた。いそいで支度するがなんだか手際が悪い。もたついているうちにゆきさんのほうが先に出て行った。見送った直後、ベンチに残されたポーチを、その場にいた人に彼女の忘れ物かもと言われて急いで外へでて呼んでみるがすでにもう声も届かず。中身を確認するが確信がないので小屋に預けた。これでまた10分ぐらい遅れてしまった。

外は満天の星。銀河が音をたてているほどに見える。しかしそれ以外、稜線と空との境目もほとんどわからない。ヘッテンをつけると星は消えた。気温は意外に高い。4時18分、暁闇の中、黒部カールへの道を歩き始める。

 道は最初低木林の中を小刻みにアップダウンしながら続いていく。しばらくすると岩のごろごろするオープンに出た。ライトの先しか見えないので、道をはずさないために、ペンキマークの白い○を探してきょろきょろしなければならない。なんでペンキマークは白で○なんだろう、と思っていたのだが、暗闇でライトを当てて見つけやすいからだ、とここで気がついた。風もないので周囲はしんと静かな中、自分の息だけが聞こえている。

オープンと茂みの中をいくつか繰り返し、道はやっと登りがちになって、カールの中にはいってきたようだ。正面に見える尾根線のラインが、ちょっとは近くなってきたような気がする。登りの傾斜がすこしきつくなる。オープンに出て振り向くと、槍が岳の向こうが朝焼け色に染まってきていた。しかしまだ周囲は真っ暗だ。

またしばらく足元に集中して登り続ける。カールの半ばごろまで来た頃、ライトの先以外の周辺の岩が薄ぼんやりと見えてきた。やっと明けてきたのかな、とちょっと頭を上げて周囲を見た。そしてぞっとした。

特になにがあったわけでもない。まだ明るくもない、そして暗いともいえない世界の中で、自分の左手には黒部五郎岳のカールの岩稜が取り囲むようにそそり立っていただけだ。その光景がやたらめったら怖かった。鋭く切り立った岩肌なのにもやもやと白く、魍魎として輪郭がはっきりしていないところが怖い、圧倒的な迫力でのしかかってくるようなのに、何の音もないのがさらにまた怖い。そこに一人で立っているというだけで怖い。顔をあげて、その空間を認識してしまうと怖いのだ。

というわけでなるべくもう上をみないでさらに足元だけ見てひたすら歩いた。それでも背中がひやひやする。実際、危険もなにもないことはわかっているので冷静なのだが、なぜかこの怖さはおさまらない。

とうとう枝尾根の斜面に取り付いて、道は大きくジグザグに登り始めた。右手からどんどん明るくなってきて、もうヘッテンも必要なくなった。急斜面にはりついて、ちょっと気分的に楽になったのだけれど、それでもまだ恐怖感は続いていて、尾根先を背にしているときはいいのだが、カールを背にしているときはまだひやひやする。結局稜線まで出てやっとほっとしたのだった。実際なんだかわからないが、つまりはこれって「本能的な恐怖感」というものかと思った。こんなことを感じられたのも、いったいいつ以来だろう。なかなか貴重な体験かもしれないな、と思いつつ、ハイマツの稜線をわたって、山頂への分岐に出た。カールの向こう、遠く下に、出てきた小屋の明かりが見える。すごく小さく見えてちょっと意外だった。鞍部に出たせいもあって少し風も出て、周囲はかなり明るくなっていた。

 鞍部に荷物を置いて山頂を往復する。山頂まで来ると風が強くなった。これぐらい吹いていたほうがかえっていい気持ちだ。大展望というとおり、御嶽、乗鞍から槍ヶ岳と続き、鷲羽、水晶、赤牛岳、さらに奥まで見渡せた。水晶岳は黒々として稜線がかっこいい。

薬師岳が暗い雲を背負って対照的に白く優美な稜線を際立たせていた。これもかっこいいのだけれど、思ったより大きく高く見え、これから越えていかなければならないかと考えるとちょっとうんざりする。それでも先を急がないと。朝焼けに背を向けて、まずは黒部五郎西斜面の下りに向かった。

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2007年9月26日 (水)

ティアの登山感覚

 黒部五郎小屋に泊まることにしたので、明日の予定は黒部五郎岳ー太郎平ー薬師岳ースゴ乗越ースゴの頭、越中沢岳ー鳶山ー五色が原。ここまで行かないと、あさってがまたつらい。公称18時間?なんできっと14時間ぐらい。とはいえちっと硬派すぎかも。まあ、あかんかったらもう一日休みとったろ。

なのでこの小屋に泊まるのにちょっと躊躇したのだが、泊まったことでゆきさんに会えるという、なかなかうまくできてるわ。

きけばゆきさん、金曜から山に入って西岳泊、槍が岳経由で黒部五郎小屋まで来たらしい。距離も速度も自分と同じぐらいだなあ、と思う。でゆきさんの明日の予定は?と聞くと、明日中に裏銀座ルートで烏帽子まで行って下山とのこと。これも自分のプランとおんなじぐらいきついですやん!やっぱりティア、考えることがいっしょや・・・。

夕食後、談話室で同宿の人たちとしゃべる。普通の登山客は、コースタイムを短縮したろう、なんて感覚はないみたい。あとうちら2名、まったく偶然に知り合い同士が小屋で出合ってしまったことで話題提供?

ここの消灯は9時(山小屋にしては遅い)。でも翌朝は4時には出ないといけないので8時には寝る。1部屋4名とすいていたのでゆっくり寝られた。

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2007年9月25日 (火)

マイカーなのにワンウェイ登山作戦

今年のシーズン中にもう1回夏山に行きたかったので、バス情報などいろいろ探していたら、富山ー新穂高温泉の路線バスを発見した。9月のこの時期はもう登山者むけ夜行バスもほとんどないが、これ使ったら、新穂高に車を置いていっても、北アルプス縦走して立山まで行けば帰って来られる!交通費はそれなりにかかるけど、室堂ー富山で3500円ぐらい、このバスは2470円、それぐらいなら実はお得?思いついたらやってみたくなった。

金曜夜から出発。行きなれた新穂高温泉なので気楽だ。駐車場も無料やし、上高地より断然こっち好み。わりに車は多かったが、余裕で駐車できた。

土曜は快晴。6時過ぎに歩き始める。今日の予定は鏡平経由でー双六小屋ー三又蓮華岳ー黒部五郎小屋まで。大体コースタイムの3分の2でいけるはず、(登りは2分の1近いか)なんで公称10時間だがきっと7時間ぐらい。とはいえ最初の林道はささっと終わらせるべくがんがん歩く。わさび平小屋を過ぎて林道終点まで1時間、ここから本当の登山開始。朝日が当たってかなり暑い登りになった。鏡平まで2時間、雲ひとつ無い空にくっきり槍ヶ岳。さらにがんがん登って弓折岳の稜線まで35分。そこから双六小屋まで40分。ここで休憩。双六岳はパスしてカールをまく道をとったが、下りがあってちょっと損した気になる。7月中旬なら一面金色の花畑になるのだが、いまはまったくただの草原、紅葉にも早すぎる時期だし。三又蓮華までの急登は意外にあっさり終わり、双六小屋から1時間20分だった。赤牛岳、水晶岳、鷲羽岳、雲の平がきれいに見える。ここは来るたびいつも魅力的だ。これから向かう黒部五郎は雲で見えなくなっていた。飛騨側からの雲がやってきて、視界がきかなくなる。雨にならないといいけど、と思いつつ黒部五郎方面へ。しばらく緩やかな道だったが、小屋は鞍部にあるので最後は急な下りになった。1時間ほどで小屋に到着。ちょうど13時だった。このペースなら、日没までに黒部五郎岳を越えて太郎平まで稼げそうだったので、宿泊キャンセルするつもりで小屋にいったら、さすがにとめられた。確かにここを素通りするのはもったいないぐらいよさげな小屋だったので、泊まることにする。

ここの黄葉はややはじまっていて、黒部のカールもきれいに見える。ここまで来た甲斐がある、と思わせるすごくいいところだ。小屋の外のベンチでまったり休んでいたら、いきなり後ろから目隠しされた!「だーれだ?」って、なんでこんなところでゆきさん?!ティアに会うかもとはちょっと思ってたけど、なんでこんなところで会いますねん?ってこっちも同じせりふよ~!と返されてしまった。おそるべし偶然・・・

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2007年9月11日 (火)

信楽から阿山へサイクリング

陶芸の森を14時半に出発。ここから阿山方面には2ルートあるが、途中の分岐から車の少なそうな槇山方面へむかう。道はいきなり狭くなって、渓流の脇を走る快適な道になった。ゆるめのピークを1つ越えると、あとはほぼ下り基調。軽自動車が1台抜かしていった以外は全くなし。細い道は滋賀県と三重県を交互に出たり入ったりする。

30分ぐらい走ると、やっと田んぼや民家が現れた。道が広くなって槇山の集落に出る。そこからは午後の日差しがかなりきつくて、無風状態のなか忍耐でこぐ。うろうろ迷って(こっち方面から来ると案内の看板はない)4時ぐらいにモクモクに着いた。いままでが別世界のように、園内は大繁盛。ジェラートたべてやっと一息。走った後のアイスはうまい・・・ついでに豆腐も。ちょっとのんびりしていたら5時近くなっていた。夕立も心配になってきたので帰路に着く。

モクモクからうちまで、だいたい90分とみたが、なるべく車の通らない旧道を通ったりしていたら結局1時間45分かかった。家の前でメーター見たら102km。このルート全部足で走ったらウルトラマラソンやん。やはり距離のわりに楽に感じたのはビンディングのおかげか?

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2007年9月 9日 (日)

信楽までサイクリング

土曜日、台風の影響か朝は曇っていたが次第に晴れ。バイクにマップホルダーつけたり空気いれたしりしてたら10時になってしまった。一応今日の目標は信楽。御斉峠越えでいく。だいたい上野まで1時間、そこから峠こえたら1時間半ぐらいかなあ?

走り出してから日焼け止め塗るの忘れていたのに気づくが、もうしゃーないか、雲もあるし。と思ってたらどんどん天気はよくなって、しかも蒸し暑い。郊外に出たら、そこらじゅう稲刈りの真っ盛り。稲穂の香る田んぼ道を軽トラに注意しつつ走る。最近バイクに乗り出して実感したことだが、よく乗っていた昔(自分の高校時分まで)よりも車が自転車を軽視しているというか、ほとんど無視してがーっと後ろから来たりするのでほんとにこわい。

いよいよ御斉峠への道に差し掛かり、JRを越えて傾斜が急になったところで、初転倒。HRMがメモリーオーバーになってピーピー鳴り出したのに気をとられた。しっかりひざ小僧すりむいた。バイク屋のおっちゃんに、「(ビンディングつけたら)慣れたころに一回こけます」とは言われていたが、乗って1時間後だった。まだ慣れてもいないけどな~

しかもここからメインイベントの峠なんですけど・・・・気持ち少々へこんだが、水で消毒して再出発。この道、かなり昔からあって、道沿いに石碑や丁石、司馬遼太郎の「街道~」云々の解説板などもある。上野の町からながめても、山肌にななめに切れ目があるように道がはしっているのが見えているぐらいだ。要するにそれがずっと気になっていたので今回登っているのだが。

上りはじめの道路標識が、「10%」!うえええ・・・はなからギアを相当軽くしてこぐ。しばらく登ると分岐があって、左へ曲がる。ここから道は斜めにコンタを切り始めるので、傾斜はちょっと楽になった。しかし九十九折れで延々と続くし、時々トラックもとばして来るし、風もないし、日は照るし、アブはたかるし、かなりしんどい!3回ほど休んで、峠まで40分ぐらいかかった。峠のすぐ向こうにあるゴルフ場と温泉の看板が1kmづつ距離表示していたので目安になったが、やっぱバイクで登るのはしんどいわ。同じ道でも足で走ったほうが楽そう。さすがに一気登りした分、伊賀盆地を一望できる景色は壮観だった。峠を越えると多羅尾の集落まで一気下り。登りに比べて緩やかで、すぐに田んぼが出てきた。もうひとつ小峠を越えたら信楽に入る。下りは快適。駅前通りは人気が少ないが狸の置物はすごい数。さすが信楽。陶芸の森についたら13時だった。やはり登りが予想外にかかっていた。

せっかく来たので美術館見学。ここの企画展は良心価格のわりにレベルが高いのでけっこう好きだ。

ゆっくり休んで昼食とって、帰りのルートを考える。来た道戻るのは面白くないので、さらに東へまわって阿山へ出ることにした。こっちはアップダウンがゆるくて走りやすいはず。モクモクよって休憩できるし。つーわけで2時半過ぎに信楽を出発。

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2007年9月 7日 (金)

バイクの帰宅

メンテに出してたバイクが帰ってきた。前サスがぎゅうぎゅう鳴ってたのと、ビンディングペダルに交換したのと、ハブ曲がってたのと。クランクはまだ届かないので次回。

最初はきつかった店のおっちゃんともちょっと打ち解けてきたかも。ぼちぼち話をする。MTBのほかの種目でもチェコは強い国らしい。店で流れてるビデオ見ててもすっげえ急な下りをガンガンとばしてるもんなあ~・・あんなんとても無理無理!

しかしけっこう修理費が・・・予想よりかかってたので財布の紙幣がなくなった。やば^^;

なんで明日は遠乗りするぞ~。まずはビンディングに慣れる、だな。(バイク手に入れてから5年目なんだけどな~。)うちから北のほうにでもいってみよう。

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2007年8月15日 (水)

まだまだチェコ(小ネタ集)

Dscn2671 スーパーのパンコーナー。雪崩落ちそうな細めのロールパン。このタイプチェコ独特みたいでほかではあまり見ない。見た目よりも中身がふわふわでフランスパンに似ている。塩味きつめ。

Dscn2693 瓶ビールは1本80円程度。いろいろ種類あっておいしい~

(なんちゅうか、麦~!という余韻がのこるちゅうか、深味がある)

もう日本のビールは飲めません。

Dscn2714 アウトドアの友、Toitoi(なぜかハートマーク)チェコでメジャーなスポーツは、バイク、カヤック、モーターバイク、そしてオリエン!とスキーだそうな。

Dscn2747 キッチュですてきなパッケージの、チョコがけウエハースいちご味。

みるからに甘くてしにそうな感じ。

Dscn2761 うちらのバイクを運んでくれたメルセデスベンツ。かなりぼんぼろぼん。内装はスプレーペンキで天井は極彩色やし、壁には世界中の地図をべたべた貼り付けてあったし。極めつけに、押しがけしないとエンジンかからへんもんね。

Dscn2896 これもキッチュで素敵なミルクキャンディーのパッケージ。ポーランド製だったが。

Dscn2709 そして来年のフットOのWOCの宣伝。裏が表彰台になってました。

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2007年8月14日 (火)

チェコのご飯

Dscn2656 空港で最初に食べたクロバサ(ソーセージ)でかい!けど中身はふわふわでジューシー。ケチャップかマスタードかホースラディッシュをつける。

典型的な朝食。ライ麦パンにヨーグルト、ハムとチーズと目玉焼き。時々ソーセージ。でかいきゅうりとパプリカの輪切りとトマト。パンにはレバーペーストなどをつける。

Dscn2666   

グラーシュ(煮込みシチュー)いろいろ種類がある。インディカ米とよくあう。ジャポニカ米ならもっと旨いはず。インゲンとニンジンの入ったミートローフ。奥はスメズニスール(チーズをはさんだじゃがいもフライ)

Dscn2749_2

Dscn2873丸いものはクネドリーキ。いわゆる蒸しパン。551蓬莱の豚饅の皮だけをぎゅうぎゅうかためてあるような弾力!それだけ食べてもあんまり旨くない。汁物の種類は多いのに1つの皿にてんこもり。よそうときは米や野菜で防波堤を作るコツが必要だった。

チェコのご飯はたいていどれもおいしかった。肉やレバーの苦手な人にはちょっとつらいものもあるけど、宿は毎日野菜も米もたっぷり出たので野菜不足にもならず。思うにビールのつまみには最適?なものが多い。

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2007年8月13日 (月)

ばんけっとお~

 併設MTBロゲインのこともあって、昼すぎにはすべてのイベントは終了、夕方6時半からのバンケットまでひまになった。天気は回復してきたが、日差しは弱くてまだ肌寒い。

暇といっても翌日5時には空港へ出発するので、身支度整えて昼食後はすぐ荷造り。なにしろバイクは高価な壊れ物。かさばるし重いし、飛行機への積み下ろしでいろんな痛い目に会っているので、みんなそれぞれ防護策を工夫しているのが興味深かった。一番重要とされるのがディレーラー部分。後輪との隙間をしっかり詰めてしまったり、または固定部分をはずしてしまってウエスでぐるぐる巻いてガードしたり。自分は後輪の隙間にはプチプチをはさみ、外側はペットボトルの底部分を切ってあわせたガードをつけた。行きにやられた前輪の車軸は大会用ゼッケンで保護。これラミネート加工してあるし丈夫やわ~。とはいえ帰りなんでけっこう気楽だ。これで壊されてもついたら日本やし、すぐレースでもないし、保険請求もできるし・・・

バンケットはイベントセンターの4階。さっきまで観戦していた階段上の建物の最上階だった。スウェーデン式とあったが、要するにバイキングね。会場に行くと、こった飾りつけのオードブルが華やかにテーブルいっぱいに並べられていた。チェコって煮込みシチュー系ばっかりかと思っていたが、割と繊細なこともできるんやなあ、と感心する。他の国の選手も写真を撮っていたが、バンケットが始まると、思ったとおりいっせいに群がって、あっちゅうまに無くなっていくのだった。ここで負けるか~と背の低さを利用して下の隙間から食料ゲット。実は見た目はきれいだが、食材的はあまり種類が無く、すぐたべあきてしまった。

Dscn2879 Dscn2880

表彰等も終わって、最初の空腹が収まると、皆はビールサーバーに群がりはじめた。これの調子が悪くて泡しか出ない。どっからか別のビールサーバーを持ちだした選手が勝手につぎはじめたり、

部屋が暑かったせいもあって外の観覧席にもあふれ出したり。いよいよ乱れてきたかも?

MTBOでは、ジャージの交換をするんだよ、といわれて会場に持ってきたのだが、日本ジャージなんてほしい人いるんかな?と半信半疑だった。見ているとまずスペインの女の子が自分のジャージを手にあちこち声をかけて回っている。なるほど、こりゃけっこう度胸がいるなあ・・・この期間中ちょっと話したといえばGBとAUSの2名ぐらいだしなあ、と壁際でぼーっと眺めていた。男子もそわそわ?かと思えば予約してきた~とかいうやつもでてきた。交換するならかっこいいチェコかスイスだよなあ~、行こうかどしよか?と思っていたら、近くでかたまって飲んでいたチェコの女の子が、交換しよう、と言ってきたのだった。びっくり!でもらっきい~。かくして労せずしてJapanジャージとチェコジャージをめでたく交換したのだった。

会場はいよいよ乱れてきて、外のショートトラックでビール一気飲みリレーが始まった。いいだしっぺはGB。かなり暗いしよくわからんが、野郎はシャツを脱ぎだしたりして、なんかしらんまま盛り上がり、そのまま1次会はお開きになった。GBは宴席ではかなり目立つ。これはフットでもそんな気がする。酒飲みDNAでもあるんちゃうか、と思う。

2次会はMTBロゲイン用の飲食用巨大テントへ移動してパスタ食べ放題、だった。いまさらパスタ?と思ったが、本来はロゲイン参加者用か。もう一般客と選手と入り乱れてわけわからん。こっちはビールが有料になったが、泡も適量になった。テント奥のステージで、優勝者紹介が始まって、MTBロゲインの紹介VTRや、先日テレビでやったスプリント放送のダイジェスト版も流れた。しばらくそこで飲んだが、翌朝5時、と思うと12時前に引き上げた。ホテルの1階のバーもすごい人になっていた。

Dscn2884 Dscn2886_2 Dscn2889

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2007年8月10日 (金)

唯一のチェコ観光

今日は大会の中日で休日。あんまりハードなことはせず、軽めにサイクリングしよう、ということになり9時にゼレナーホラへ出発。ホテルからバイクで行ける唯一の観光地だったので選択の余地はない。とはいえちゃんと世界遺産だ。畑道をまよいつつ1時間半ほどで到着。畑の真ん中に建つこじんまりした簡素な教会だが、星をかたどった美しい形の教会。真ん中に、10の突起を持つ花形の内部をもつ、外見は屋根の重なりが螺旋を思わせるつくりの教会本堂と、それを丸く取り囲んで回廊の建物があり、きれいな曲線を描く同心円状になっている。本堂の屋根は緑、回廊はレンガ色でコントラストも美しい。残念なことに内部は工事中で足場だらけ。Dscn2792

その後すぐ近くの街へ出て郵便局などによりつつ街中観光。ちょうどそこにあった駅前のカフェでお昼。メニューがハンバーガーしか読めなかったのでほかの人はそれとビール。自分は果敢になぞのメニューSmazSyrというの頼んだら、チーズフライとハムのハンバーガーだった。Dscn2804

帰りはなぜかいきなり疲れてしまい、向かい風がつらかった。かなりガッツり走ってしまって全然休みじゃないし。

明日の決勝はスタートが早い。7時15分会場へ出発。6時おきだな。

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2007年8月 6日 (月)

チェコMTBOWOCの会場周辺

その1:三角形のお屋根のホテル。かなり普通に快適。Dscn2682 

その2:モデルテレインまでの道。田舎の丘陵地帯。

その3:会場入り口のでかいフラッグ。

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その4:コントロールは必ず道の上だが、その道を見つけるのに苦労する。

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チェコMTBOに出発

4日、中部国際空港からチェコに出発。フランクフルト経由だったので、乗り換え待ちなどして、現地に着いたのは6時。体はすでによるの12時だが。空港で関東組をまって、お迎えの車が来たのは8時50分。今回のレースはプラハから200kmほど東の、モラビア地方の山の中。スキーリゾートのホテルについたのはもうここでも日が変わろうというような時間だった。真っ暗な森の中、息がしろくなるほど寒かった。星がものすごく見える。

即寝て翌朝。朝の光の中で見れば昨日思ったほどの山奥ではなく、ホテルの前のトラックから、麦畑の丘陵地帯が見える。快晴。すっごくさわやか。猛暑ときいてはいたけど、日本でイメージするより全然たいしたことはない。朝食は典型的なヨーロッパ風(レバーペーストがちぇこっぽい)だった。

そしていよいよバイクを荷解き。外見上なんともなさそうだったが、前輪の車軸が片方曲がっていた~!固定できて回れば大丈夫、と周囲に言われて、まあなんとかなりそうだったのでいいか、とする。モデルテレインまで宿から4km、ずっと登りで、みんなにおいていかれる~・・・テレインは乾燥したゆるーい針葉樹の山で、道の状態がいいので相当の高速レースになりそうだった。

地図表記に慣れないので最初はけっこう分岐を見落としていたけど、1時間も走っているうちに対応できるようになってきた。このへんもリゾートぽくて、子供連れやMTBの人などがいっぱい山の中にいた。

明日は開会式、そしてスプリントだ。宿の前の芝生のトラックには、万国旗が翻って準備万端。もともとクロカンスキーやバイアスロン用らしく、観覧席まであって本格的だ。けっこうわくわくする。しかしまあどうなることやら。

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2007年8月 1日 (水)

朱雀登山(伯耆大山)

毎年恒例の朱雀登山。金曜日から泊まり込みで、朝7時に山科で連れを乗せて出発。京都東から高速乗ると、すでに吹田から宝塚トンネルまで渋滞しているらしい。名塩PAで8時の待ち合わせ予定だったのだが、全員そろったのが10時。その後は嘘みたいに快適に、米子へ到着。境港、皆生温泉と観光して、その日はふもとの下山キャンプ場で泊。

朝4時半ぐらいに、蝉が鳴き出してびっくりした。最初の1匹が鳴き出すと、2,3匹、5、6匹と次々に鳴き出し、輪唱のように重なっていく様は聞いていてすごかった。最後は何十匹もの大合唱がうねりあうひびきになって途切れなく続いていく。そして7時頃には一旦やんでしまうのだった。

朝7時に登山開始。雨になりそうな雲行きの中、周囲は霧がかっていて暗い。阿弥陀堂まではまっすぐな石段を登っていく。阿弥陀堂をすぎてからは木段になり、だいたい同じテンポで歩いて1合12から15分。地図を見てもずーっと一気登りの道だ。5合目までで、降りてくるひとにもたくさん会う。6合目の小屋まで来ると、けっこう多くの人が休んでいた。雲で視界はまったくなし。団体さんをかわしてさっさと登る。8合目あたりで森林限界になった。足下がガレて歩きにくい。しばらくいくと傾斜もゆるくなり、きりたった鞍部をすぎると木道になった。うそみたいに歩きやすくなる。普通ならハイマツの中に埋もれて視界のきかない中を登るのだが、ここは中空の遊歩道だ。雲がすこしづつ切れ始め、山頂についたときは日が差した。しかしあまり遠くまでは見えない。登りの所要時間は2時間9分だった。30分ほど休んで、団体さんがやってきたところでこちらは出発。石室廻りで下る。下りのほうが厳しいかも。ゆっくり下って7合目すぎに、子供連れの別働隊から電話がはいり、いま6合目まできたところだという。かなりグッドタイミング!10分ほどで6合目に着き、みごと合流。子供2人つれての初登山なので、6合目まで行くのも難しい、と言っていたのですごい!いったん別れて、5合目分岐から沢へおりる。かなり急な木段の道をおりて、ちょうど12時に下の河原へ到着した。ここまでの下りで2時間かかっている。やはり下るほうが厳しい山だわ。

避難小屋の真下の日陰で、お昼はチキンラーメンとレトルトカレーとフランスパン。正座してもくもくとラーメンすすってる子がいて面白かった。見ると靴の裏がひび割れてぼろぼろ崩れている。その靴ではもうあかんやろ~。

食べ終わって片付けている時、もう一方も追いついてきた。あとはもう、車道沿いにみんなでゆっくりくだる。道の左手の急斜面は、圧倒されるほどの巨木の森だ。西日本最大級のブナの森だとか。眼下に大山神社の大屋根が見えてきて、そのまま車道をしばらく行くとそちらへ降りる道があった。神社は白木造りの重厚なもの。相当立派な神社だった。お参りを済ませて、あとは神社の石段をおりてキャンプ場へもどる。おりるほどに観光客もふえ、気温もあがって下界だ、という感じがする。天気は回復して快晴になったが、山頂は雲がかかったまま。ついに全貌をみることはなかった。ちょっと残念。まきばの里でソフトを食べて、湯原温泉によって帰宅。車だとのんびり帰れるが、さすがに0時をまわるとつらい。大山は山頂を攻めない別コースも面白そうだったので、また行くか?とも思う。

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境港観光

大山登山の途中で境港を観光した。実際いくまでは少々高をくくっていたのだが、かなり予想外におもしろすぎるところだった。

昼食をとった港から駅前に向かう途中で、駐車場を探しているうちにすでに目的地の水木しげるロードを横切ってしまった。イメージしていたのはややけばけばしい駅前アーケードだったのだが、予想外なぐらいこじんまりとした、むしろ裏寂れたといっていいぐらいの商店街、建物も平屋か2階建て住宅程度。なのに、ぞろぞろ人が歩いている!

 地方の観光開発といえば一昔前に建物やアーケード街の人工的なけばけばしい装飾に金をかけてしまい、年数が経ってさびれてしまった後の企画もの?だが、ここはその一昔前の資本投入すらなかったところらしい。無駄な人工物のない、田舎町の通りに、妖怪の銅像を100体規模で配置してある。まずはこの数の多さ。しかも一つ一つは小さいので、景観を損ねることもない。いい材質を使って精巧な技術でつくられているので、現代芸術の野外美術館の雰囲気すら感じさせるほどだ。建物が昭和の雰囲気そのままであるところも、作品世界にさらにリアリティをあたえていて秀逸!

そういったハード面の美的センスのよさに合わせて、作品世界をよく研究、理解したうえでの、細部までの統一感とこだわりが随所に見られた。つーか、つっこみどころ満載?パン屋にいけば鬼太郎パン、本屋に行けば妖怪漫画に妖怪百科に荒俣に京極?文具屋には妖怪学習ノート?薬局には妖怪石鹸に目玉おやじドリンク?この徹底ぶりはディズニーランド並?にして、ディズニーの厚かましさを排除した日本的解釈が施されているといった印象。かなりツボにはいってしまった。これはいいわ。

なにげなくよってみたのに、まるで町おこしのお手本を見学しに来たみたいだった。うちの地元でも(ネタはあるんだから)これぐらい徹底すればいいのに。

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東京日帰り

WOCの壮行会が西立川の昭和記念公園であり、遠かったけど行くことにした。理由は先日の伊良湖大会が台風で流れてしまい、練習機会が減ってしまったこと。この土日がチェコ出発まででほぼ最後の機会と考えると、行ってもいいかという気になったのだ。

うちから西立川の昭和記念公園まで、暇つぶしに分厚い小説を持っていく。

東京の天気はわりに涼しくて、曇りがちで湿気も多い割に快適だった。来園客も少なくて、数年前にPWTで走ったときの大混雑の芝生広場とは大違いだった。特に池が濁ってしまって、入るのに躊躇しそうなぐらいだった。

レースは、3本あるうちの2本もラスポーゴールをミスして1分強のロス続き。久々のせいか、気合抜けのせいか、もともとつめが甘いのがでたのか。

じゃんけん大会とエキシビジョンの前に、あわてて3本目。スタートから1でもう右往左往!4番までまるで対応できなかった。前半ミスしてるおかげか?ゴールは、こんどこそうまくいった。

だいたい終わって、3時過ぎに帰路についた。そのまま帰るのももったいないか、と思い、連れにお勧めスポットをきくと、小川町のスポーツ用品店街、という。お茶の水から降りて行ってみた。たしかに、大坂の日本橋みたいに、道路の両側にずらっとアウトドア屋やスポーツショップが並んでいた。たしかにすごい品揃え。これはかなり本気で来ないといかんところだったかもしれん。疲れていたのでさらっと見て終わり。あとは徒歩で東京駅まで歩いた。歩道脇に、きちんとわかりやすい地図が設置されていて、ほぼ途切れないように続いているので助かった。さすが東京。

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2007年7月18日 (水)

台風の3連休(月)

朝から曇り空だったが、日差しもさしてきたので、MTBの練習。舗装路とオフロードが半々の、840mの周回コースを10周して、シングルトラックのコースを1本。ほぼ1時間。午後からは思いついて京都へ。ちょうど祇園祭の宵山で、親からちまきを買って来い、との依頼。宵山なんて、しかし何年ぶりだろう。電車はがらがらだったが、京都駅からいきなりどっと増えた。人の流れをはずして烏丸御池から南下するルートをとったが、やはりかなりの人出で、しかも付いたとたんに雨が振り出した。ここにはありがちのにわか雨かと思い、ちかくの山鉾のちまきを買って鉾にあがらせてもらったりして雨宿りしてみたが、30分ほどたって勢いは弱まったもののやむ気配はない。しかたなく屋台の屋根を伝い伝い、四条通の地下街まで小走りでかけぬけた。地下街の出入り口では、雨をさける客と、雨と知らず登ってくる客で押し合いへし合い、なんとかくぐり抜けて帰路についた。往復3時間で、京都滞在1時間。なんだかお祭りの空気もかんじられないまま?の京都往復だった。

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台風の3連休(日)

いちど遊ぼうといって約束が流れていた、高校の同級生のところへいく。台風は過ぎており、朝から風もなく蒸し暑い。室内にこもってDVDみたりWiiしたり、夕方までだらだらすごした。Wii、やったことのあるスポーツだと感覚が違いすぎて気色悪い。ゲームの情報量って、実際スポーツするのと比べるとほんっとに少ないんだ!と思った。にしても、こんなほんとにひさびさの休日らしい時間。普通は休みとはこういうもんでしょう。5時過ぎにおいとましたが、家に帰ってもまだ明るいし、90分ほど近所をジョグ。曇りがちだが気温も下がって快適になっていた。しかし強風で田んぼのまんなかではあおられまくり。向かい風だと坂道のようだった。

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台風の3連休(土)

土曜日はまだぱらぱらとした雨、むっとして暑い。午前中にためていた雑用、午後から名古屋へ。

土曜の午後だというのに、名駅地下街の人が少ない。最近できたミッドタウンスクウェアにいってみたが、おもったよりがらんとした感じ。ひととおりぐるっとまわって、大名古屋ビルヂングへいく。ルーパーの飲み会、久々にかなりのハイテンションだった。その甲斐あってか新人獲得~。

翌日のレースは中止が決定、明日何しよう、が宴会の話題になる。

帰宅途中、津のあたりは暴風雨がはげしかったが、うちへ帰ると雨はやんでいた。気持ち悪いような無風状態。雲の影が地上の明かりに映し出されていた。

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2007年7月 9日 (月)

MTBOの練習

この土曜日は青山でMTBOの練習をした。(いろいろあって)8月にチェコで開催される世界選手権に出ることになったので、なんとかつくった練習の機会だった。普段は近所のオフロード周回コースをくもの巣切ってがりがり突っ走ってるだけだが、やはり地図みて乗らないと。日本では数少ないMTBO用ヴァージョンのO-Mapのなかに青山があったのが幸運か。参加者2名だったが、小雨の中決行。昨日から降っていたので、小雨といっても山中の水分はたっぷりで、すべるはぬかるむはで登りもほとんど押し、下りもなかなかスリリングだった。ちょっと道が荒れたり、細くなったりするとすぐ乗れなくなり、自分の足だけだったらこんなの楽勝なのに、と思いつつひーこら押す。メーターを付けたので、一応時速5kmを切ったら降りて、押しでも5kmを維持できるようがんばる、というのが目安。しかし~この山ではきついわ。下りはあまりにすべるので安全運転になり、結局14kmぐらいを1時間48分もかかってた。自分で設置、撤収もしたので、正味5時間、かなりガッツりトレーニングになった。撤収すんで3時半、天気が回復してしまったのがちょっとにくらしい。

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2007年7月 5日 (木)

収穫の夏

職場近くの森林公園、夕方走りにいくと、黄色い帽子に網をもった少年2人。雑木林のなかをごそごそしている。虫取りかあ~、と思いつつ走りすぎ、1周回って戻ってきたら、そこらを散歩していたおっちゃん2名も巻き込んでけっこう騒いでいた。クヌギのあたりでカブトムシを見つけたらしい。確かにこの辺ならいてもおかしくない。カブトといえば、2005のWOCで泊まってた宿に1匹飛び込んできて、その部屋のおっちゃん2名もきゃあきゃあ喜んでたっけ。(横で外国人のいーきすが不思議そうにしてたのも面白かった)やっぱカブトは日本の男子の友。

もひとつ、芝生の丘を周回していたら、脇にはえてるのがヤマモモであることに気がついた。3本ほどすでに実がなっている。練習のあがりに一番赤いのを1個つまんでみた。けっこうまだすっぱかった。でもこれで、このコースしばらく楽しいかも。

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2007年7月 1日 (日)

大洞山に登る

春に登った尼ヶ岳の隣に、大洞山(1013m)がある。まだ登っていなかったので、トレーニングがてら行ってみた。桜峠の尼ヶ岳の登山口まで、MTBで1時間かかったのに、車だと20分もかからない。雨の予報だったが、晴れ間ののぞく曇り空で、風も涼しくて絶好。

尼ヶ岳までは前に来たとおり、桜峠からの登山道で登る。このルート、急傾斜の階段が断続して5つあるのだが、前半3つがんばったら、あとは走れなくなってしまった。傾斜富士山6合目~7合目並み?あとは早歩きで尼ヶ岳山頂へ。所要時間は32分。すぐ南に、尾根伝いにずどーんと下って大洞山が見える。一気に下ってほぼ同じだけ登るようなかんじ。きついかもな~と思いつつそちらへ向かう。こっちの道は階段になってないが、傾斜は一緒。つまりつるつるの激斜面の下り。自分の前に鹿の足跡らしいものが残っているが、こいつもところどころ滑っている。野生動物でもすべるんかい!20分ほどで中太生への鞍部、それをすぎて倉骨峠に下りる。ここは車道が通っていて、2台ほど駐車してあった。大洞山だけをめざすならここが登山口だ。さすがにこんな日は登山客もいないと思ったが、おじさん1人と夫婦1組を見る。

峠からはまた山道になり、一度岩ごろごろのピークをこえて、ちょっと下ってから広葉樹の中の一気のぼりになった。看板にはあと20分、とある。つづら折れの土の道なので、ペースを落とせば小走りで続けられそうだった。しかし長い!のであきらめて早足になる。12分ほどがんばったころ、道が林床をぬけて草原になるが、山頂まではまだ少しあった。尼ヶ岳からだいたい48分。尼ヶ岳では見えなかった東側がひらけて伊勢湾が見えた。今日は水蒸気があって視界がわるい。この山頂が雄岳で、さらに南に雌岳があるのだが、暑いし水分なくなりかけていたのでここで戻る。

下りは走りやすい。車道の峠まで戻ってきたとき、階段にノイチゴが落ちているのに気がついた。桑より小さくて、黒い粒々の集まった、キャビアみたいな形をしている。見上げると木の枝に一面、葉の間に均等にちりばめたように鈴なりだった。木になっているのをみるとヤマグワか。落ちたてのをつまんでみたら、酸味もえぐみもなくてただ甘かった。こんなところで意外な収穫!気がつく人もそんなにいないだろう、とおもうとちょっと秘密の発見をしたみたいで楽しかった。帰りは大洞山から中太生鞍部まで35分、尼ヶ岳は脇道をコンタリング(登山道ちょっとはずれたが)して駐車場まで40分だった。

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2007年6月19日 (火)

後方羊蹄山その3

後方羊蹄山のほんとの山頂は、真狩口の鞍部からは、ちょうど正反対の位置だ。西から回るほうが足場がよさそうだったので、時計回りに進む。途中、比羅夫からの登山道をすぎたあたりで、うしろからやぎくんが走ってきた。さっそうとうちらを抜き去るところを呼びかけて聞くと、今日は2回目~、という。つまり登山道4本制覇~?と聞くと、ちょっとうなづいて去っていった。さえぎるものもないのでどんどん小さくなっていくのがよく見えた。トレイルランナーとしてもトップレベルなだけに体力ちがうっす。やぎだけにひつじにはこだわりが?Dscn2519Dscn2522

三角点から山頂は、いきなり強風になった。息もつけないぐらいのものすごさ。しかも場所によってはぱたっとなくなったり、いきなり吹き付けたり。結局は火口を一周して、もとの鞍部に帰ってきたが、結局2時間ぐらい火口を満喫していた。

くだりは同じ道を戻る。1合間こんどは15分から18分間隔でおりる。下りのざら道はけっこうきつい。駐車場に戻ってきたのは午後2時すぎだった。ほぼ予定通り。

この日見たのでおぼえているのはマイズルソウ、サンカヨウ、シラネアオイ、ウラジロナナカマド、オオヤマザクラ、コケモモ、イワウメ、エゾツガザクラ。特にサクラは木の幹がつやつやと美しかったので印象深かった。有名な角館のかば細工と同じ色だと思ったが、あたり?Dscn2532

湧き水スポット。昨日もゴール後がぶのみしたが、この日もお世話になってしまう。平日の2時過ぎなのに、ポリタンクや焼酎空瓶を十何本(それ以上?)も持って汲みにくる人でいっぱいだった。たしかに、富士山の水よりうまいかもしれん。

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後方羊蹄山その2

8合目まで急なのぼりが続いたが、その後はながいコンタリングになり、西側斜面へ巻いていく。ニセコの山脈が視界にはいる。9合目手前からまたのぼりだし、そこで降りてくるたかの夫婦に出会う。「やぎみた?」と聞くので、野生の山羊でもいるのかと、一同ちょっと色めきたったが、それは昨日男子エリートクラスで2位だったやぎくんのことだった。たしかおとついからこの山登ってると聞いたけど、ほな3回目かい?9合目からはもう火口の直下、まだしっかりと残る雪渓を踏んで、かなりの急傾斜を登っていく。あのへんが尾根かな、と思われるところを眺めながら一歩一歩近づくと、一足ごとにせりあがるように景色が移ろい、思うまもなく火口のへりに立っていた。一気に世界が変わって爽快だ~。

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2007年6月18日 (月)

後方羊蹄山へ登る

この山には、東西南北の四方から登れる4本の登山道がある。女性が多い7人のパーティで体力もばらばら、帰宅の飛行機の時間も考えると、登りやすいコースがいいだろう、ということで真狩から登ることにした。

5時半に宿を出発して、昨日のテレインの北の端に到着。地図の端っこが登山道のはじまりだった。Dscn2500

今日はいろいろ知り合いがこの山に登っているらしい、とは聞いていたが、ここの入山届には1組しか見つけられなかった。登りは1合間、約20~25分のペースで登っていく。2合目半までは登り始めた沢をつめ、右手の尾根を巻き込んだら、白樺の巨木のあいだから景色が見えてきた。そのあたりで3合目。降りてきた三重県のおじさんたち2人に会う。朝の3時から登っていたらしい。

尾根から山の斜面にとりついたあたりが4合目。ここから5合目、6合目までが急な登りで長く感じたが、6合目でハンノキやダケカンバの木も低くなり、視界が開けた。洞爺湖が見える!海まで見える!そして足元に昨日のテラインが、ちょうど1万分の1サイズに見えていた。Dscn2501 Dscn2505

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2007年6月17日 (日)

全日本レース後

でもって会場に帰ってきたら、同宿の、同じコースはしってた友人が怪我して帰ってきた。見るとけっこうざくざくで、こらさっさと病院いって5針は縫わんといかん、と判断。昨日のパトカーの事もあったので、(いつ来るかわからない)救急車は呼ばず、運営の人の車にお