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2017年2月 7日 (火)

西田さんを悼む

西田さんがなくなった。にわかに全然信じられない。1月3日に梅田で新年会をしたときには、本当に普通にお元気だったのに。

西田さんは、京大京女オリエンテーリングクラブ創立時のメンバーで、とても偉大な先輩、なのですが、私が10期でクラブに入った時には、落ち着いた社会人OBで、穏やかで優しい人、という印象でした。

大学を卒業後、フットオリエンテーリングのナショナルチームに入って、世界選手権大会の日本代表を目指そうというとき、チームに入るには、個人コーチをつけることが必要と言われて、なんとなく西田さんにお願いしたら、快く引き受けてくださいました。思えばめちゃめちゃ無謀だったような気がします。

その当時、自分はトレーニングもいい加減で、レースアナリシスも適当にしか出さなかったのに、よく面倒を見ていただいたなあ、といまさらになって思い出します。

一番強烈に、今も覚えていることがあります。

96年ごろ、アトピー性皮膚炎がひどくなり、一度はまともに立てなくなって、入院治療まですることになりました。さいわい入院は二か月程度で済み、年末には少し回復し、トレーニングもできるようになってきました。

そして翌年、日本代表選考会レースが近づいてきた頃、西田さんとコーチングメールのやりとりをしていて、

メール文の最後に付け足すように、

「アトピーでぼろぼろの身体になりながらもずっと戦い続けているあなたを尊敬します。」と書いてあったのでした。

 

コーチングの中で、私はそのことを話題にも言い訳にもしたことがなかったのですが、そんな風に見てくださっていたんだ、と初めて気づき、PCの前でしばらく涙が止まりませんでした。(今書きながらでも泣いています)

そしてその時、私は絶対に世界選手権を走らなければならない、と心に誓ったのでした。

 

(その後は選考会に通り、97年の世界選手権大会に出場できるのですが、今度は倫也さんにとってもお世話をかけてしまう羽目になる・・・これはまた別の話ですね)

 

いっぱいお世話になって、自分の結果ではたしてお返しできたのかどうか、本当に心もとないのですが、そういうものは直接にではなく、だれか別の人に、形を変えて返していかないといけないのだなあ、と思っています。

あの時私が目指したことを、次につないで実現していこうという人のために。

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