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2008年1月31日 (木)

ゼブラロックへ高度順応(3日目)

ゆっくり8時に朝食、9時に出発。高度順応のため今日は4000m付近のゼブラロックまで往復の行程。すでに自分は一人で行ってしまっていたが。おやつとお湯とレインコートだけもって出る。背後から雲が立ち上っているが、行く手の方向は晴天、昨日と違ってマウェンジ峰がくっきり見える。グループの歩調に合わせて登り、1時間ほどでゼブラロックに到着。岩の横はすこし広場になっていて、ケルンが林立している。雲がどんどん上がってきて、雨が降りそうな気配になり、レインコートの上をはおる。

ゼブラロックは、その名のとおりシマウマ模様の岩崖で、ホロンボハットからマウェンジ峰へ向かう道の途中、4000m付近にある。なんでシマウマ模様?とおもうが、すぐそばまで近づいてみると、白い岩肌にあちこちから水が流れ落ちていて、そこが黒くみえるからなのだった。

あるものをリュックにつけてきたのを思い出したので、記念撮影。 2007kilimanjaro_2_074こいつも初のアフリカ旅行なのだった。

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ここで引き返しても面白くないので、もうちょっといきたい、というと、ガイドはゼブラロックの下側の斜面からまくようにして、岩崖の上の尾根に登りだした。道はあるが、ほとんど踏跡程度だ。地図にものってない。尾根上に出ると、キボ峰方面が一望できた。キボ峰には雲がかかっていたが、その手前の大きな鞍部の茶色い砂地が見え、雲の影と、ところどころ日が差しているのが見える。まさに壮大な眺め。ホロンボハット付近で左へ分岐したローワールートが見える。そこへのって帰るとのこと。2007kilimanjaro_2_085

下りだしたとたん、ばらばらっと降ってきた。えらい痛いのでびっくりしたが、雹だった。シリカゲルみたいなまん丸の半透明。レインコート下を着る余裕もなく急ぎ足でくだるはめになった。そのうち雹の粒がタピオカぐらいにでかくなってきた。道はすでにタピオカの川状態。昨日なら20分も下れば到着したのに、道が違うので予測がつかない。しかも下るにつれて路面状態がどんどん悪くなり、大きめの岩がごろごろする道になってきた。石と泥とタピオカが混ざりあった濁流の中を必死でくだる。

結局30分ほどかかって小屋にたどり着く。すぐ着替えるが、登山用ズボンは着ていた一枚しかない。そして火の気はまったくない。暖める手段は自分の体温のみ、という状況。なんとかして乾かさないと結構やばい状況。と荷物の中にセームを入れてきたのを思い出し、これでひたすら吸い取って乾かす。冷えた昼食をとり、ひたすら吸い取っては絞る、の繰り返し。雪で真っ白だったハット周辺も、3時ごろに日が差しはじめるとすぐにとけてしまい、夕方には地面が乾いてしまった。やはり赤道直下は暖かいのだ。

いきなりのホワイトクリスマスだったが、こんな状況下ではまったくもってうれしくなかった。

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2008年1月28日 (月)

ホロンボハット(3700m)周辺

 ホロンボハットは標高3700m、やや広い尾根上に、マンダラハットと同じデザインの山小屋が林立している。ここはエリアの一番下に食堂がある。この山小屋は登山者と下山者とが宿泊する合流地点なので賑わっている。

 13時半について、おやつを食べおわっても2時。ちょーひま。ついたとたんにすこし雨がふり出したが、それもやんだので少し登って高度順応することにした。やっと一人でマイペースで歩けるのがうれしい。ホロンボハットから道はまっすぐ登っている。いままでと変わって石がごろごろした歩きにくい道だ。20mもいかないうちに分岐にでた。右はそのまま尾根をのぼっていくマウェンジルート、左はやや緩やかにコンタリングぎみのロウワールート、とある。右手の道をいってみる。

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周囲はガスっていて視界がきかない。右手が広がって湿地帯になり、ジャイアントセネシオがにょきにょき生えている。キリマンジャロの固有植物で、巨大なサボテンかソテツみたいな、奇妙な形をしている。イメージでいうならムーミン童話に出てくるニョロニョロのでかくなったやつ。うっかりよそ見をしていたら勝手に動いてそう。実際はキク科だが、そうと信じられないぐらい変だ。霧の中からぼんやりとしたシルエットで浮き上がってくるとびっくりする。そのうち尾根をひとつ越えて、左手が湿地帯になり、ラストウォーターの看板を見る。大体30分ぐらいたったなあ、と思ったあたりから霧が晴れ始めた。一気に景色が変わっていく。右手の湿地の沢の向こうはガレた尾根になっていて、ところどころ岩崖になっている。上のほうへ視線をむけるとひときわ大きな崖が見え、岩肌が縞模様になっていた。どうやらゼブラロックまで来てしまっていたのだ。明日の高度順応で、ここまでくる予定だったのだが、フライングだわ。

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帰りは20分でホロンボへ戻る。戻っても暇なので、ハットの周辺をうろうろ。ハットのある尾根の下のほうは細くなって岩崖になっている。その端っこのほうまで行ってみた。切り立っていて絶景。はるか山すそのモシの町まで見える。崖下に巨大なごみ用の丸い穴が2つ。井戸のふたみたいな覆いがしてあった。登山客は相当多いし、ごみ処理はどうしているのだろう、とは思わんでもない。

こんなにうろついているのは自分ぐらいらしく、どうもかなり目立っていたのか、見渡すとガイドが声をかけてきた。彼の立っている台所の小屋へ行ってみる。床下まで屋根がのびた正三角形の宿泊用とは違って、切妻屋根で壁がある。OKというのでのぞき込むが、前後に出入り口があるだけで窓がなく薄暗い。細いテーブルが4つほどでいっぱいの土間。コックが出口のすぐ横にゴトク付きガスボンベをおいて、取手のないアルミ鍋で煮物を作っている。今日はカボチャスープだよ、といいいつつ、かき混ぜているお玉から手を離すと、そのまま立っている。えらい濃いなあそれ。細いテーブルには食料が山盛り。バナナや野菜や肉類がごたごたに山盛りになっている。奥に2名ほど働いているが暗くて顔も見えない。こんな薄暗くて包丁とか危なくないのだろうか、水場もすぐ近くにはないし。結構不便なところで作ってくれているのだ。考えてみれば毎食肉類が出てくるし、衛生管理も大変である。自分的にはOKだったが普通の日本人なんかはかなりいやがるかも。写真撮っていい?ときくとOKだったので記録撮影。2007kilimanjaro_2_046 2007kilimanjaro_2_047 2007kilimanjaro_2_059

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2008年1月23日 (水)

マンダラハット~ホロンボハット(2日目)

6時ごろから起きだす。7:40出発。雲ひとつない晴天。昨日マウンディクレーターへ歩いた道をたどり、クレーターへの分岐をそのまま北上する。森林はまばらになって、ところどころ草原になる。そして正面にマウェンジ峰が見える最初の地点から道は左へ曲がって少し急なのぼり。右手にゆるい尾根、左手はひらけて草原になる。右カーブのち、また針葉樹林にはいって少し上り。だんだん森林限界も近くなってくるのがわかる。林が開けるとやや右前方にマウェンジ峰がそびえてくる。そのあたりが森林限界。しばらく平坦な道になり、右手のピークに向かって道は緩やかに左へのびていく。地図を見るとポッドキャプスの丘という、3つほどピークの並んだ尾根筋になっている。反対側の左手やや下方にぽこっと出ているピークはキフィニカという。火山らしく真ん中がへこんでいる。一面緑色の草地に覆われていて、阿蘇の米塚ににている。登山道がポッドキャプスの丘の尾根のへりを巻く地点に、マシューポイントという名前がついていて、登山客が休んでいる。10:00ごろ通過。道は茶色い土で、石ころも段差もほとんどない。ものすごい荷物を頭にのせたポーターたちがさくさく往復している。このあたりから下山してくる登山客とたくさんすれ違う。そのたびハローとかハイ!とか言い交わす。なぜか地元人にはジャンボ、と挨拶している。ハローなんて全世界共通だろうに、人種によって挨拶の言葉を変えるのはいかがなものか?と軽い疑問符。しかも地元人同士はジャンボ、とは言っていない。やはり「ハバリ」(スワヒリ語で一般的な挨拶の言葉)とかほかの言葉で挨拶しているようだ。後半になってはっきりわかってきたが、ガイド、サブガイド同士はよく挨拶したり情報交換したりして話しているが、ポーターとは挨拶すらしないことが多い。職業上の区別がかなりはっきりしているみたいだ。おりてくる側からは時々「グッドラック!」といってくれる。それはいいが、登頂するにはやはりそうとうな幸運が必要なのか?とやや不安になる挨拶だ。

マシューポイントから、やや傾斜がきつくなり、日差しもきつくて汗をかく。大きな尾根が突き出ていて、尾根まで上りきると休憩ポイント。ベンチとトイレがある。11:30ごろ到着してここで昼食。雲が出てきて日をさえぎり、とたんに肌寒くなった。弁当はまた骨付き鶏肉とバター付サンドイッチ、オレンジにジュース、カップケーキ。客の残飯狙いなのか、こんなところまでカラスがいる。首の後ろだけが白いカラスだ。

20分ほど休憩してすぐ出発。ここから道は尾根沢をいくつも横切るようにコンタリングしていく。合計7つほど沢をきったら、ひろい尾根の上にたくさんの三角屋根がみえてきて、そこがホロンボハット。昼食ポイントの尾根から大体1時間30分ほど。到着して時計を見たら13時半だった。正味5時間30分の行程。今日もたいした登りもなく、だーらだらと歩いていたらいつの間にか着いた、という程度だった。2007kilimanjaro_2_037

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2008年1月22日 (火)

マウンディクレーターを一周(1日目)

3時前に山小屋についてしまっては、やることもない。荷物をひろげていると、お茶ができてるよ、とサブガイドが呼びに来た。なんとアフタヌーンティまでついているのか大名旅行。食堂の建物へいくと、長机の一部を緑色のテーブルクロスで陣取ったところに赤いポットとカップ、インスタントコーヒーとミロとニドと紅茶の箱が並べてあり、皿にはポップコーンが山盛りだった。ポットからお湯をついで好きなものを作って飲む形式。ポットもコップも年季の入ったプラスチックだった。出来立てのポップコーンは熱々で、なんでもないように見えてめちゃめちゃ旨かった。はじめてポップコーンをおいしいと感じた。

ガイドが、この先30分ほど登るとクレーターがあるので行ってみるか、という。ほかにすることもないし、高度順応のためにも必要と思ったので行くことにした。

森林地帯をしばらく歩き、すこし登って橋をこえると草原地帯に出た。いかにも高山のお花畑らしい感じ。ハハコグサやマツムシソウをみる。主要道から分岐を右にいく。針葉樹の茂みをしばらくたどって、ジグザグに上りだすとすぐクレーターのへりに出た。大きな凹地が目の前にある。周囲は木が茂っているが凹地は草地のオープンだ。ぐるっと一周して、確かに30分程度。そのまま帰るのも面白くないので、クレーターの底までおりて、一気に駆け上ってみた。動いているときは普通だったが、登り切って止まったとたん、ものすごく息がきれた。この運動量に対して、なかなか落ち着かない。たしかに下界とは違う!と実感した。天気が悪くなってきたので小屋へ戻る。途中木の上にシロクロコロブスを見る。サルオガセの中で見分けが付かない。これで大体往復1時間の運動になった。2007kilimanjaro_1_194 2007kilimanjaro_1_198 2007kilimanjaro_1_209 2007kilimanjaro_1_201

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2008年1月21日 (月)

マラングゲート~マンダラハット(2700m)まで(1日目)

 登山口から、左手に谷をみつつ、樹林帯の中を歩いていく。すぐ橋があって、きれいな滝つぼを見る。道の両側はつる草が絡んだものすごくDな藪。野いちごなども見つつ歩く。背の高い木々にはサスオガセがからまって、沖縄や屋久島の森林地帯に似ている。農道を2本ほど横切ると、左手も山になって、緩やかにのぼりがちになる。植生としてはDからC、サルオガセやつる性植物がおおく、絶対からまるので入りたくない感じ。山の中は伸び盛りの緑のにおい+胡椒かシトラスのようなにおいがしてとてもさわやかだ。なんでもないのに勝手にわくわくしてしまう。始まったばかりの夏休みのにおい、とでもいうか。足元にはカーキ色のアケビみたいな木の実が落ちている。マラカというらしい。ほかにもプルメリアかジャスミンみたいな白い花、つる性のサルビアの花もちらほら。途中周回コースとの分岐をすぎ、1時間半ほどだらだら歩くと、右手に橋が架かっていて、そちらへ行くと並行するポーター道と合流する。ベンチとトイレがあるのでここで昼食となる。

ポーター道は登山道と違って往来がはげしい。車でも通れそうな広い道だ。みんな頭にめっちゃ荷物を乗せてすごい速さで往復している。ベンチの横に「登山客は登山道を歩くこと。この道は現地のポーターしか使ってはいかん」みたいな注意書きがある。

昼食後、また登山道へ戻り、森の中をだらだらと歩く。30分ほどですこし傾斜が急になり、二股の滝を見る。その上に橋があり、先のポーター道と合流している。道はまたちょっと急になって、ジグザグに登りはじめるが、たいした傾斜ではないのでかなり楽だ。そのうち植生が針葉樹になり、橋をいくつか越える。傾斜のある橋を渡ったら、もう5分ほどでマンダラハットに着く。2700m地点の山小屋だ。合流点から1時間弱。10時20分に出発して、途中30分の昼食休憩、14時過ぎにマンダラハット到着。正味3時間20分。予想通り、たったこんだけか、と思うぐらいの行程だった。

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キリマンジャロ登山について(感想と結論)

 旅行前に他の人のブログや登頂記などをいろいろ参照したが、この山に登るための一番重要な問題は高度順応、高山病対策のようだった。実際すこし症状が出たのだが、たしかに未経験のきつさというもので、いままでの経験のうち3本の指に入るぐらいきつかったかもしれない。しかしそれ以外に大変だったことはなかった。

 実際歩くと、一部分をのぞいてほとんど段差も岩もない地道、めちゃめちゃ走りやすい。傾斜も4700mまではだ~らだら。たぶんトップレベルのトレイルランナーなら24時間以内で往復可能ではなかろうか。アフリカでもカメルーン山(4090m)では毎年1月に登山マラソンがあるらしい。キナバル山といい、4000m級までならそういうことも可能?

だとしたらちょうど傾斜のきつくなる手前、4700mの山小屋までなら登山マラソン大会も現実的に可能かもしれない。めっちゃ景色いいし、楽しいだろうな。もしそうなったら海外マラソン好きな日本人ランナーとかいっぱい来そうだ・・・

 最近みた08年2月号の「山渓」に、5時間36分の登頂記録が載っていた。やっぱやる人おるやん。(7大陸最高峰を駆け上りで最短記録を狙ってる人だったが。)

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2008年1月18日 (金)

キリマンジャロ登山について(概要)

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梅田のジュンク堂で地図を手に入れてみて初めて知ったが、キリマンジャロは火山だった。主要なピークはシラ、キボ、マウェンジ、と3つあり、中でもキボ峰のウフルピークが5895mで一番高い。キボ峰が富士山型の火山なのに対し、マウェンジ峰(5149m)は切り立った岩峰で、岩登り技術がないと登れない。山塊全体で南北30km、東西50kmの規模があるらしい。4500m付近まではなだらかな台形をしているが、そこからキボもマウェンジも突然つきだしたような急なコンタになっている。登山道は6つほどあって、一番メジャーなマラングルートは南東の裾野からキボ峰のある北西の方向にだらだらと南斜面を斜めに登り、広い鞍部に乗ってキボへ登るコース。そのためやたら距離が長くて日数がかかる。基本が富士山と同じで、急な登りがほとんど無いから一般ハイカーでも登れるというわけだ。

 モデル日程は、1日目が1970mの登山口から2700m小屋まで行って1泊、2日目に3700m小屋までいって1泊。(高度順応するなら2泊)3日目に4700m小屋までいって仮眠、深夜からアタック開始して日の出時刻あたりに登頂、午前中に4700mまで降りてくる。4日目のうちにそのまま3700mまでおりて1泊、5日目に下山。5日間コースだと高山病にかかる率が高く、登頂成功率は3分の1だとか。ほなモデル日程の意味ないやん!と思う。高度順応は1日300m~500mづつ登っていくのが基本なのに、実際小屋が1000mごとにしかないのでそうなるんだろう。いって登頂できないのももったいないので、自分は3700mで2泊する6日間コースにした。

 しかし地図見て考えると、自分一人なら初日に3700mまで登ってそこで2泊して高度順応、3日目に4700mまで登り、深夜から4日目朝にかけてアタック、登頂後は2700mまで下りて1泊。5日目に下山、がいいような気がする。さらに、どうせ荷物持ってもらえるのだから、ガッツでトレイルラン仕様なら24時間あれば走って行ってこれるんではなかろうか?でも今回は初めての5000m級だし、グループ登山なのでしかたない。

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2008年1月16日 (水)

マラングゲートへ(1日目)

2007kilimanjaro_1_155 前日8時間の移動の後たどり着き、マラングゲート近くのホテルで一泊。

12月23日、登山開始。まずは登山口の事務所へ行き、ガイド、ポーターと合流して、入山届を出す。ここは世界遺産やし、ナショナルパークでもあるせいか結構厳重な警戒体制。自動小銃を持った門番がいる。

2007kilimanjaro_1_156 キリマンジャロ登山には必ずガイドをつけねばならない決まりらしい。地元の雇用促進かつ外貨獲得のためか、1団体につきガイドにサブガイド、コックにポーターが付いてくる。当然1人づつチップを払う必要がある。コック、ポーターなどは自分で荷物を持ったり自炊するなら現地交渉でへらすこともできるらしいが、今回は旅行会社に手配してもらって事前の料金も支払済み。いっぱい引き連れて水戸黄門状態で大名旅行だ。

昨日のうちに宿でガイドとは顔合わせ済み。入山届に記入しているうちに、ポーターは自分の荷物を青シート製のずだ袋にほうりこんで荷造りしてくれていた。それを首根っこあたりでバランスよく担いで、手ぶらで歩いていく。なかなかすごい技だ、と感心したが、以後もっとすごいポーター技をいっぱい見ることになった。

ガイドが事務処理をしている間、登山口でだらだら待つ。スパッツレンタルしないか?と言い寄ってくるおっさんを相手に値切り交渉して時間を潰す。6日間借りて20タンザニアシリング、米ドルなら10ドル、ってレートあってないって。たぶん外国人が現地通貨もってへんの見越してのふっかけ値段だわ。って遊んでるうちにガイドがやってきたので暇つぶし終了。しかしガイドの言うことには、今日はポーターたちと先に行くので、一緒に歩くのはサブガイドだと。まあどっちでもいいが。

でもって10時半すぎ、1970mから歩き始めた。

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2008年1月15日 (火)

とうとう見えた!

2007kilimanjaro_1_117 アルーシャ出てから1時間半後、モシの町を通り過ぎたあたりから、左手の雲が切れてきた。そしてやっと出てきた、キリマンジャロ山頂。

裾野しか見えなかったときに大体この辺かな~とイメージしていたよりは意外に低い。いやたぶん車の走っている位置からの距離はかなりあるはずだから、やっぱり高いのだわ。あれで5895m、温暖化で氷河が溶けているときいたが、結構真っ白だ。

移動に2日かかってたどりついたが、翌日からは6日間コースでキリマンジャロへ登る。通常は5日コースらしいが、うわさによると登頂率が三分の一らしい。わざわざ来て途中敗退はもったいないので登りに1日増やして高度順応日とした。

キリマンジャロは一般ハイカーでも岩登りなどの特殊技術なしで登れる世界最高峰として人気らしい。一番メジャーなコース(マラングルート)は山小屋完備でコカコーラコースともいわれている。コーラ飲みながらでも登れる、という意味らしい。さてほんまか否か?

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2008年1月14日 (月)

視界90度以上の裾野

アルーシャから1時間ほどぶっとばすと、周囲はまた乾燥したサバンナになってきた。ケニアより舗装はいいみたいに思える。まーっすぐに続く道の左手、地平線のラインがすこしあがってる?とうとう目的地が見えてきたらしい。では反対側の裾野は?というと道の正面。

2007kilimanjaro_1_1042007kilimanjaro_1_106_2 さすがアフリカ大陸最高峰。裾野ひろすぎ。

(ちなみにこの車、追い越しかけてる最中である。車間の余裕が・・・) 

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アルーシャ通過

2007kilimanjaro_1_092 国境からさらに南下して、2時間半ほどでアルーシャという町につく。この町のすぐ東には4566mのメルー山があって、そのせいか周辺はほかとは違って雨量が多く、緑が濃い。南国なのに北海道みたいな風景が広がる。牛も放牧されているが、おっているのは真っ赤もしくは紫色の布を体にまとったマサイだ。バナナ畑や稲田も散見された。

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町に近くなると道を歩く人が増え、車も増えて渋滞になった。とあるホテルの前がバスターミナルで、そこで降りて乗り換える。いっしょに乗っていた人々もそれぞれにばらけていった。たいてい予約済みで、次の車が待っている様子。バスの中での会話でも、やはり主流はサファリ。この町はセレンゲティやンゴロンゴロへいく基点になっている。自分のお迎えは中古のタウンエースだった。昼食後、メルー山を南からまいて東へ向かう。今日の宿までさらにまた3時間ほどかかる。

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2008年1月11日 (金)

タンザニア入国

2007kilimanjaro_1_084 道々休憩したところの近くの民家(たぶん)。

物置程度の大きさだが。なかなかすごい。

3時間半ほどぶっとばして、ケニアとタンザニア国境についた。ケニア出国はわりにスムーズだったが、タンザニア入国は長距離バスがかち合ったのか超満員。おしあいへしあいで窓口までたどりつかない。まとめて託して外で待つ。壁に「人身売買に注意!」という内容らしいポスターが貼ってあるのがリアルだ。周囲はそんな雰囲気がまったくにおわない、ど田舎のんびりモードなんだが。だって手続き全然進まないし。天気は日本の夏のように蒸し暑くなって、外で待っててもつらい。結局1時間ほどかかって自分のバスの乗客全員終了。パスポートはVISAのシールの上にどかんと判子が押されて戻ってきた。ケニアのは黒インクの判子だけだが、タンザニアのVISAはキリンと山の絵のホログラムが付いているシール状。断然かっこいい。イメージからいうと意外だった。

2007kilimanjaro_1_089 バスはこのままアルーシャまで走る。国境からまだ2時間半ほどかかる距離だ。

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2008年1月10日 (木)

サバンナを南へ

翌日は南下、国境を目指す。相乗りバスは満員。道はがたがた、のちがらがら。なんで平均時速100km越え!

2007kilimanjaro_1_049 ナイロビ都心。丸ビルだ!

2007kilimanjaro_1_057 なんかてきとーなビーチパラソルだが、市場つうか露天商つうか。空港近くのちょっと郊外。

2007kilimanjaro_1_058 おお、電車だ。走ってる。めずらしいかも。

2007kilimanjaro_1_060 1時間後。

2007kilimanjaro_1_064 2時間後。

2007kilimanjaro_1_077 3時間後。

まだ国境にはつかない。

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ケニアの大地に日が沈む

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遠方の山脈は通称「ゲンコツ山」。わかるかな?

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スーパーの駐車場から夕日を見る。こころなしか雄大。

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2008年1月 9日 (水)

「ウタマドニ」にて

2007kilimanjaro_1_027 ナイロビナショナルパーク近くのおみやげ物屋の庭。どうも金持ちの別荘を改装したらしい。二階のベランダに出たら、正面のやし?に実が鈴なりだった。いわゆるデーツか?

2007kilimanjaro_1_026 買ってかえるにはでかすぎる鋼鉄製のダチョウ。定番のステッカーからいわゆる作家さんの作品まで取り扱ってる幅広い店だったが、なにしろうちまだケニア初日なんですけど。ちなみに店名「ウタマドニ」とはスワヒリ語で「文化」という意味だとか。

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2008年1月 8日 (火)

ケニア大統領選挙の看板(でか!)

2007kilimanjaro_1_013 ナイロビについたのは21日だったので、まだ大統領選挙の前だった。当日前後は荒れるかも、と友人から注意されていたのだが(実際大変なことになったようだが・・・)27日前後はケニアやないし、まあ大丈夫だろう。実際渋滞なだけで街は普通、に見えた。

現職のでかい看板にひきつづいて、他の2候補の看板も次々現れる。日本なんかと比べると政治と生活(生死?!)がほんとに直結しているので、そりゃ真剣になるよ。

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2008年1月 7日 (月)

ナイロビ市内移動中

2007kilimanjaro_1_012 市内はクリスマス休暇にはいる金曜日の夕方で大渋滞。ほとんどの交差点で信号がない!のが原因とみた。さらに、すきあらば追い抜きにかかろうっつうメンタリティらしい。3車線かと思ったら、道路脇から抜こうとしていた列だった・・・なんで混雑して当たりまえやろ、という感じだ。

2007kilimanjaro_1_016 焼きとうもろこし屋発見!車止めて買い食いできないのが残念・・・

2007kilimanjaro_1_017 果物屋。後で聞いたが、バナナ、パパイヤ、マンゴー、オレンジは安くて、りんごは高級品らしい。

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サトウキビ売りもいた。

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ケニア到着

2007kilimanjaro_1_009 ドバイから5時間半飛んで、ケニア着。ナイロビ空港から出たとたんこの景色。サバンナ~・・・

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2008年1月 4日 (金)

まずはドバイへ

2007kilimanjaro_1_002 20日の深夜に関空発。飛行場内はすいていたが、機内はほぼ満席だった。夜行バス状態でドバイにつくまで10時間・・・つらい。

ついてしまうとけっこう眠気もさめて気分もましになった。乗り継ぎエリアに入るだけなのにセキュリティチェックは厳しい。靴まで脱いで通る。さすが中東。5時間ほどの待ち時間、特に買物もないがうろうろする。ここではじめてみたが、金売り場がすごい。すべてアクセサリーで、インゴットなんかはない。18k、22k、24kと別になっててグラム売り。デザインも、付いてる宝石の数も種類も関係なし?!ガラスケースをのぞいて、上からこれ、と指差すと、係のねーちゃんが手袋して精密なはかりにのせて計量、でもって電卓で計算してくれる。まずひやかし不可能。

関空からいっぱいやった関西のおばちゃんの群れも消え去り、次のフライトでは自分も含めて日本人は5名ほどになった。まださらに5時間半もかかる。

2007kilimanjaro_1_007 さすがドバイ、壁掛け時計もロレックスなり。

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